法月綸太郎は、エラリー・クイーンを踏襲して苦悩する探偵像を作り上げようとしている。
彼はそこにハードボイルドのテイストを持ち込み、独自の世界を模索中という感じだ。
長い間、評論などにかまけて新作が出ずファンをやきもきさせていたのだが、告知から七年を経て一昨
年ようやく陽の目をみた本書は、おどろおどろしいタイトルから受ける印象とはいささか違った静謐さ
をもった作品だった。
「頼子のために」で開花したロス・マク風血の悲劇が前面に押し出されており、かといって陰鬱なトー
ンには陥らず、全体的にはロス・マクよりも軽快な感じに仕上がっている。
ミステリのロジックとしての完成度が高いにもかかわらず、精緻な作りがさほど印象に残らないのはそ
のためか。
しかし、なんといっても本作は良質のミステリとして記憶される作品となり得ている。
この作品を肯定的にとらえる人と否定的にとらえる人、たぶんすっぱり意見が分かれることだと思う。
法月の活躍をデビュー当時から見守ってきた人にとっては、彼の変遷に思いをよせて感慨深いものがあ
るだろう。逆にこの作品で初めて彼の作品に接っした読者にとっては、鬼門になってしまうかもしれな
い。いまの派手なミステリに慣れた読者にとっては、さほど刺激的でない事件が不満かもしれない。
しかし、本書には正攻法のミステリとしての完成美があるということを知っておいて欲しい。