読書の愉楽

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C・J・ボックス「冷酷な丘」

冷酷な丘 狩猟区管理官シリーズ (講談社文庫)

 久しぶりの猟区管理官でございます。安定のリーダビリティなのでございます。で、ここで本書のあらすじを簡単に紹介するのがスジなんだろうけど、このシリーズ読んだことない人にとっちゃあそんなもんどうでもよくね?と勝手に判断して、敢えてそれをせずに突っ走っちゃいます。

 もう十冊以上このシリーズ読んできてるから、毎回毎回その魅力をお伝えしようと色々書いてきた。だからぼくの感想を読んでこられた奇特な方がおられたなら、もうそれはよくわかってるよとおっしゃられると思う。

 本来、ぼくは西部劇って好きじゃないのだ。無骨で汗臭くて硝煙と血の匂いにまみれた砂塵の町、正義感がつよく、凶悪な敵にも決して屈しない主人公。やさしく気高いヒロインと飛び交う銃弾。そして愛すべき馬。いやあ、まったく好みじゃない。だから現代の西部劇と評されるこの猟区管理官ジョー・ピケットのシリーズにこれほどのめり込むとは思ってもみなかったのだ。食わず嫌いはいけませんよ、みなさん。

 たしかに、このシリーズは現代の西部劇なんだろう。ワイオミング州というアメリカの中でも一種特殊な独特な個性をもつ土地が舞台であり、建国以前はインディアンの部族が先住民として数多くいた土地でもある。どちらかといえば、山と緑のほうが多いんだけどね。だから、シーズンになると狩猟がメインイベントになる。みんなが浮足立つ。この感覚もぼくにはないものだ。だけど、このシリーズを読んでいると、エルクの背肉のステーキを食べてみたくなるのも事実。そういった、われわれの日常とはかけはなれた生活が描かれるのが、まず一点。しかし、そこに登場する人々は、まったく等身大の人たちだ。ぼくの有り様となんら違わない。主人公のジョー自体、ほんと普通の男であって、人より長けた技を持っているわけでもなく、脅威に対しては自然に怯え、正直に弱音を吐く。その部分のまるで平易な人物造形の魅力が、もう一点。だけど、彼は高潔ともいえる正義に対する信念があり、言い方を変えれば融通のきかないただの頑固者なのだが、その変わらぬ姿勢の安定感が、さらに加点される。そして、それを上書きするような、家族に対する並々ならぬ愛情。もうこれだけあれば、このシリーズを愛さずにはいられないでしょうっての!
 
 そして、それに加えて物語自体の大いなる魅力。ジョーが、窮地に立たされる。彼の家族が脅かされる。どうやって乗り越えるのか?静かで頼もしいアウトローな味方であるネイト・ロマノウスキは、どんな活躍をみせてくれるのか?そういったモロモロが集約されて本シリーズの魅力となって溢れだす。

 ぼくは、射手座の宿命を背負っているので、かなりの飽き性なのだが、そんなぼくでも完走したシリーズ物が片手くらいはある。かのドイル卿が生み出したシャーロック・ホームズのシリーズ、ウィンズロウの愛すべきニール・ケアリーシリーズ、ウィングフィールドの巧みなフロスト警部シリーズ、そして本書である。だから、おもしろさは間違いない。だって飽き性のぼくがこれだけ続けて読んでいるんだから、間違いないでしょ?