読書の愉楽

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紗倉まな「春、死なん」

 

春、死なん

春、死なん

  • 作者:紗倉 まな
  • 発売日: 2020/02/27
  • メディア: 単行本
 

 

 堅実で確かな文章で綴られる物語は、しかし的確ではない印象を与えられる。たとえれば、しっかりした土台の上にバランスの悪いオブジェが置かれているような感じ。根本のところでは安心感もあり、この人は技量もあって確かだと感じるのだが、行を追うにしたがってところどころ浮ついたその場所にきっちりとはまっていない言葉たちに戸惑う。

 ゆえに描写が頭の中にイメージとして固定されず、同じ箇所を何度も繰り返し読んでいるという確認ループに陥ってしまう。扱っているテーマもその作用によってぼやけた印象になって残ってしまう。

 本書には二編収録されている。表題作は妻に先立たれた70歳の老人の日常が描かれる。一人息子の家族と離れ的な二世帯住宅に住み、穏やかな日々を過ごしているの。ここで扱われているのは老人の性だ。70になってもアダルトDVDを観ながら自慰をする老人。ここでちょっと疑問を感じるのはぼくだけだろうか。古希を過ぎてもやはり性欲はあるのだろうか。やっぱりあるんだろうな。いやそうか?うちのオカンが言うには、それは人それぞれちゃうん?て言いよんねんけど、じゃあそうか、やっぱりあるんかー・・・とミルクボーイ・ループに陥ってしまう。

 二編目は「ははばなれ」。少し世間の常識とズレてる母と、結婚はしているけど、まだ子どもがいない娘とのささやかな確執が描かれる。これは、表題作よりはストンと身体に入ってきた。母と娘という強迫観念的なつながりは普遍だし、否定しながらも従ってしまうような避けられない矛盾もよくわかる。親子でありながら同性だという肌触りレベルのもどかしさを内包して物語は解放に向けて進んでゆく。

  どちらの作品もラストは一瞬で空気が抜けるように鮮やかに解き放たれる。やさしさが常に寄り添う。思いやりという人と人とのつながりが決して切れることなく続いている。どうだろう?この人、いままでの作品はもういいかなって思っちゃうけど、これからの作品は注目していようと思う。