読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ドン・ウィンズロウ「ザ・ボーダー(上)」

 

ザ・ボーダー 上 (ハーパーBOOKS)

ザ・ボーダー 上 (ハーパーBOOKS)

 

 長く続いた麻薬戦争だ。泡沫でしかないぼくはまるで関係ない場所で、この地獄の沙汰を静かに辿っている。同時代の同じ世界で日々を過ごすぼくとあまりにもかけ離れた現実に気持ちが落ち着かない。これは、このシリーズを読めばいつも喚起される心の波だ。

 驚くことに、この感情は毎回新鮮に訪れる。軽々と弄ばれる。それは、ここで描かれる事柄が、われわれと地続きであるにもかかわらず、あまりにもかけ離れているからだ。それは、とても幸せなことだとおもう。厳しい現実、過酷な人生、悲惨な末路、耐えられない痛み。こんなこと、経験しなくていいのなら、それに越したことはない。でも、世の中は怒りにまみれ、暴力はいつでも傍にあるのだ。

 本書のストーリーは、紹介できない。これは何十年も続く南米のカルテルとそれを阻止しようとする男たちの物語であり、事細かな説明は一切無駄なのだ。未読の方はぜひ第一作の「犬の力」から読んでほしい。解説で杉江松恋氏が、本書から読んで遡る手もあるなんて書いているが、いやいやそんなことはない。やはりこの壮大なサーガは最初から読むべきなのだ。

 さて、ぼくは上巻を読了した。長い長い時間をかけて読み終えた。これから下巻だ。また長い旅が始まる。