読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

皆川博子「巫女の棲む家」

 

巫女の棲む家 (中公文庫)

巫女の棲む家 (中公文庫)

 

 

 

 本人曰く、皆川博子自身の実体験が70%含まれているらしい。本書で描かれているのは、一人の霊媒師の存在をきっかけに新興宗教として確立されてゆくある一家とそれを取り巻く人々の話だ。おそらく皆川氏はこの中に登場する最初は霊媒を嫌悪しながらも、ある体験をきっかけに巫女として目覚めてゆく少女、日馬黎子なのだろう。
 
 時代は終戦間もない頃。物資も乏しく、連合国軍占領下の日本はたくましく生き抜いていく人々であふれていた。本書のもう一人の主人公である倉田佐市郞のエピソードが冒頭で語られるが、これもいまでは考えられない悲惨さで、目も当てられないとはこのことだ。彼は、引き揚げ船にのって日本に帰ってくる。身についた生業は上海でフランス人のインチキ霊媒師から習い覚えた降霊詐欺。マジックまがいの簡単なトリックでいかにも霊の仕業のようにみせかけるのだが、これに騙されたのが開業医の日馬秀治。神政復古を基本に御神意を賜るために、娘を巫女へと育て上げ自動筆記させるようになる。やがて、彼を取り巻く人々も降霊会を通して集うようになり、日馬の私財をもとに霊泉会なる新興宗教団体を立ち上げるまでになる。

 そうやって、どんどん大きくなってゆく組織の中で黎子は、自分を分かつほどに悩み、しかし神意を伝えるために真剣に巫女として成果を残そうとする。しかし、それは茶番でしかない。そのことに気づいていない悲劇がまだ父親の庇護下にある少女を翻弄する。自分は正しいことをしているのか、この自動筆記は本当に神が書かせているのか。そこに自分の恣意は介在していないのか。何もかもが茶番なのに、そのことを改める人がいないという最大の茶番。信じる力はおそろしい。まざまざとその重みを思い知る。

 物語は唐突に断ち切られる。だが、それが静寂の中で聞こえる耳鳴りのようにいつまでも頭から離れない。