読書の愉楽

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スティーヴン・キング/ピーター・ストラウブ「ブラックハウス(下)」

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 下巻では、いよいよ核心の『ブラックハウス』が登場する。この設定がまさしくホラーで、家の場所は巧みに隠されており、闇の力が作用するその場所は近づいてゆくだけで気分が悪くなる。周囲には聞いたことがないような異常な犬の唸り声が響きわたり、形の定まらない巨大な獣が牙をむく。なんとか辿りついたとしてもその黒い家は目を向けるたびに形を変え、進入する者を混乱させる。

 

 さて、われらがジャックは子どもの頃にテリトリーを訪れているので、魔法の力―――タリスマンの力を身内に秘めており、それゆえに彼はこの物語に登場した段階ですでに英雄だ。彼は世界に祝福され、未知なる力に対抗しうる切札となる。だから彼は物語が帰結するまでこの世界のリーダーとなってみんなを成功に導く役を担っているのだ。

 

 基本ファンタジーとは、成長の物語でもあるとぼくは思う。そういった意味では、本書はファンタジーの要素がかなり希薄。だからダークな部分がより強調され、ホラー色が濃くなっている。ま、連続殺人鬼が登場した段階で、ホラーなんだけどね。上巻の感想でも書いたが、本書はそのダークな色調に加え独特の語り口でもって読者を巧みに誘導する。そう神の視点ともいうべき自在なカメラワークによる作者の案内だ。たとえばそれはこんな感じで語られる『さて、われらはここで運転席の窓から、微風とともに脱出する。そして四人の勇敢な男たちと、一人の勇敢な、だが二度とふたたび幼い無垢の心には戻れない少年を、見送ることとする。』てな感じ。調子くるうけど、これが慣れてしまえばその自由さが逆に快感になってくるから不思議だ。

 

 そしてこれは詳しくは書けないのだが、本書はラストで驚きの展開をむかえる。え?まさか、そんなことになるなんて!ここまで読んできた読者は誰もがそう思うことだろう。できることならば、そんなラストには直面したくないと思うのだが、無慈悲にも神の視点でそのことは事前に予告されてしまう。だからそれは回避できない事実として読者を待ちうけることになる。

 

 というわけで、ようやく「タリスマン」の続編を読了することができた。読了して思ったのだがほんとこのシリーズ、どちらがどのパートを受けもって書いているのかまったくわからない。これは前回の「タリスマン」も同じ。なかなか興味深いことだ。