読書の愉楽

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森岡浩之「突変」

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 『突変』とは、突然変移の略だ。どこかの場所が異世界と入れかわってしまう。それがいつ起こるのかもなぜ起こるのかもわからない。そして、その入れかわってしまう場所がどこなのかというのもわかっていない。異星だという説もあるし、並行世界だという説もある。ただわかっているのは、そこでは現地球とはまったく異なった生態系が発達しているということだ。異世界(人は、そこを裏地球、寓地と呼ぶ)の生物には脊索動物がおらず、地球の軟体動物や節足動物に分類される生物しか生息していない。それらはみなアウロス器官を有する有笛動物と特定されており、チェンジリングと呼ばれている。チェンジリングの中にはアオカワゲソ、クガボシ、クモナメ、ワダツミなんてのがおり、中には怪獣並みに巨大なやつや人間を襲う危険なやつもいる。そんな未知の危険な場所に突然放り込まれた人々の困惑とあがきと再起を描いているのが本書なのである。

 

 物語の形的には、いままで何度も繰り返されてきたものであり、解説で大森望氏が言及しているように先行作品はたくさんあるのだが、ぼく的に一番馴染み深いのはキングの「アンダー・ザ・ドーム」だ。隔離された人々と、そこで生まれる数々のドラマ。設定自体はSFなのだが、あの作品のおもしろさはSFのガジェットではなく、キングのくりだす物語の素晴らしさだった。総勢50名にも及ぶ登場人物を、なんの混乱もなく読者の脳内に定着させ、なお且つそのキャラクターをまるで生きている実在の人物のように生き生きと描いてゆく手腕には舌を巻いた。

 

 この「突変」にも、多くの登場人物がいる。それぞれ事情を抱えた人々だ。ここで、それを詳しくは書かないでおくが、作者はそれらの人物をうまく描き分けている。

 

 しかし、そこに濃密なドラマはなかった。ぼくが思うに、利害関係に基づく各々の思惑というものが欠如していたように思う。そういった欲望に忠実なキャラクターがいることで物語に起伏が生まれ、読者の感情を揺さぶるのだが、本書にはそれがなかった。自然、ドラマにも負の探求心を満足させる要素が欠如していたと思うのである。

 

 あと、気になったのはリアリティをもたせるために作者が書きこんでいる、この世界独自の階級の設定だ。環境警備官や防除団にはじまり、異源生物に対処する管理駆除士や銃器取扱資格の細かい設定が執拗に出てくる。そのくだりがけっこう煩わしかった。銃の説明も必要最小限に留めてほしかった。

 

 とまあ、不満もあったが700ページ以上もある長丁場を、最後までぐいぐいひっぱってゆく牽引力はたいしたもので、けっしておもしろくなかったわけではない。欲をいえば、話の焦点をもっと異世界の描写にあてて、パニック小説としてのおもしろさを強調してほしかったかな?チェンジリングと人類との絡みも、もっともっと読みたかった。

 

 だからもし続編が書かれたら、ぼくは必ずまたその本を手にとると思う。ていうか、書いてほしいな。

 

これだけの設定なんだから、わずか三日間を描くだけで終わってしまうのは惜しいからね。今回は突変の災害に遭った人々と、すでにその地で生活している人々のやりとりがメインで描かれていたから、こんどは移災後の裏地球での生活自体を濃密に描いてほしい。もちろんチェンジリングといっぱい絡めてね。