読書の愉楽

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「山田風太郎全仕事」角川書店編集部編

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 山田風太郎の描きだす世界はよく『魔界』に例えられるが、それはいかがなものかとぼくは思う。確かに幻妖、怪奇なんて文句が似合いそうな雰囲気はあるのだが、まったく未知の人が風太郎作品を思い描くとき、十把一絡げに決まり文句のように『魔界』をもちだしていてはあまりにも芸がなく側面的な印象を植えつける危険性があると思うのだ。

 

 何度もいうが山田風太郎小説の神様なのである。彼は物語を構築する天才であり、人を描く天才であり、読みやすい言葉を選ぶ天才であり、奇想の天才なのだ。また天真爛漫なユーモリストであり、独自の視点を貫くニヒリストであり、膨大な資料を掌中のものにする生粋の研究者でもあったのだ。ミステリ畑出身ということもあり、ところどころにその手法を取り入れ、興趣を盛り上げるし、実在の人物と架空の人物を無理なく絡ませ史実を踏まえた上で虚の世界を構築する手腕は他の追随をゆるさない。

 

 まことにもって、その小説世界は並みいるエンターテイメント小説の中でも抜きんでた完成度を誇っているのである。このブログでも何度も言及しているが、ぼくが小説に目覚めたのは山田風太郎の「伊賀忍法帖」だった。中三の多感な時期にスケベ心で読みはじめたこの本の目を瞠るおもしろさにド肝をぬかれた。いままでの世界が灰色に見えるほどの意識の開拓だった。こんな世界があるのか!こんなおもしろい世界があるのか!そうしてむさぼるように忍法帖を次々読破していったのである。その当時はまだ角川文庫の赤い背表紙の忍法帖シリーズが全巻手に入る時代だった。まさによりどりみどり。佐伯俊男氏の素晴らしい表紙の文庫を集めて読んでいったあの時代はまさに至福の時だったといえる。

 

 そんな山田風太郎の全仕事を紹介しているのが本書なのだ。忍法帖、明治もの、推理もの、時代もの、室町もの、エッセイ、ジュブナイル、現在容易に入手できるすべての本がそつなく紹介されている。本書を読んでまた風太郎熱に火がついてしまった。正直なところぼくが大好きな作家と公言しているだけあって、一番多くの本を読んでいる作家がこの山田風太郎で、読書メーターで調べたところ61冊となっていた。しかし、家にある彼の未読本はまだ50冊近くあるのだ。どんどこ読んでいかなければ死ぬまでに読み切れるだろうかと心配になってきた。熱がたかぶってきたのなら、その余勢をかりてどんどん読んでいけばいいじゃないかとお思いだろうが、ぼくの心をたかぶらせている長編は全冊読破してしまった忍法帖熱なのである。だからいま、どの忍法帖を再読しようかと思案中なのだ。「伊賀」と「魔界」はすでに再読しちゃってるし、候補としては「柳生」か「風来」あたりかなと思っているのだが・・・。