読書の愉楽

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インガー・アッシュ・ウルフ「死を騙る男」

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 死を目前に控えた末期の癌を患う老女が殺害される。椅子に座らされ、喉を一文字に切り裂かれ、顔には奇妙な細工が施されて。やがて広大なカナダを横断する形で、似たような死を目前にした人々の無惨な死体が発見されてゆく。いったい彼らはなんの為に殺されているのか?連続殺人の目的は何なのか?

 

 この奇妙な事件に取り組むのは、住民のみんなが顔見知りのような小さな田舎町の警察署長代理ヘイゼル・ミケイリフ。いつ爆発するかわからない椎間板ヘルニアをかかえて八十七歳の元町長の母親と同居している六十一歳バツイチの女性である。彼女は次々と明らかにされてゆく惨たらしい死体の存在に戦慄すると共に、あまりにも周到な犯人の人物像に異常な執念を燃やす。証拠を残さない完璧な殺人者。まるで儀式のような奇妙な死体の様相。あまりにも現実離れした事件は次第に狂騒を深めてゆく・・・・・。

 

 たいてい未知の作家の作品というものは、取っ付き難くてなかなか作品世界に入りこめないのだが、本書は最初からぐいぐい引っ張られてしまうリーダビリティだった。とにかくこの作者の描く世界は活き活きとしている。出てくる人物たちが端役にいたるまで精彩を放ち、自分を主張して個性を発散しているし、ストーリーの起伏があまりにも自然で違和感がない上に、前代未聞の犯罪が不気味にからんでくる。

 

 犯人の鋭敏で他の追随を許さない独自の造形には心底震え上がってしまうし、またその空虚で人間離れした生き方にも薄ら寒さをおぼえる。

 

 本書の読みどころのひとつは、先にも書いたようにどうして死を目前にした人々ばかりが殺されていくのかという謎である。明らかに彼らは殺人者を迎え入れているのである。そして限りなく残虐な方法で殺害されている。また、一様に死者たちが叫んでいるような顔に加工されているのはどうしてなのか?

 

 その謎が解明される過程はなかなかエキサイティングだ。ところがそのカタルシスは物語半ばで訪れる。

 

 その後に費やされるのは、犯人とヘイゼルの真の攻防だ。表と裏、陰と陽、白と黒。物語の中で一対として描かれる死を騙る男とヘイゼル。独創的な犯人とリアルでエネルギッシュな女性署長代理。

 

 まあ、読んでみて欲しい。いろんな意味で一読忘れがたい印象を残すのは間違いない。すでに本書の第二弾が書かれているそうだが、翻訳がはやく出ないかと待ち遠しい限りである。