読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ガダルカナル・タカとの一夜

はやく行かなきゃ、授業に遅れる。ぼくは急いでいるので普段はつかわないエスカレーターに乗る。

エスカレーターは建物の真ん中に位置し、ちょうど吹き抜けの中を昇る形で配置されている。

いつもは階段で昇り降りしているので、エスカレーターにのると景色が変わって新鮮だ。

この建物は梁に青と赤の丸い鋼材を組み合わせてあるので、そのありふれた色の対称が意外と目に鮮やか

だ。なかなかいいもんだなぁと急いでいるのも忘れて見入っていると、いつの間にか3階に着いていた。

エスカレーターを降りて廊下をすすむと、背の低い男が行く手に立っているのが見えた。壁に向かって何

をしているのかと思いながら通り過ぎようとすると、男が向こうむきのまま声をかけてきた。

「ここにエレベーターがあるのを知っていましたか?」

へ?と思って振り返ると、男も上体をひねってこちらを見ていた。

なんと、男は劇団ひとりだった。とても不機嫌そうな顔をしている。

「急いでるんだったら、エレベーターをつかえばいいじゃないですか!どうして、これに乗らないんです

か?」

そんなこと言われても、エレベーターの存在を知らなかったんだから使いようがないではないか。

不服そうなぼくの顔をみて何を思ったのか劇団ひとりは瞬時に笑顔になって、こう言った。

「このエレベーターね、とても便利な機能がついてるんですよ。ちょっと乗ってみませんか」

いやいや、ぼくは授業に遅れそうなんだ。おっと、もうすでに1分過ぎてるではないか。だめだめ、ぼく

は今そんなことをしているヒマはないんです!

「いやあ、そんなこと言わないで、ちょっといいじゃないですか。ね?ちょっとだけです。もう遅れちゃ

ってるんだから、あと1分や2分いいでしょ?」

そんなことを言いながら彼は強引にぼくの肘をつかんで、エレベーターに引き込んでしまった。

おいおい、なんだ君は!それはないだろう。こっちは急いでるんだ!君の酔狂に付き合わなくてはいけな

い道理はないんだよ。おい!ぼくの手を放したまえ!

そんな抗議が通用するわけもなく、ぼくと劇団ひとりは無情にもエレベーターによって未知の場所へと運

ばれていってしまう。

そう、その小さな箱はぼくたちを地階へと運んでしまったのである。

気がつくとぼくは路地裏に立っていた。

いまいる場所がどこかもわからない。薄暗くて、しょんべん臭いビルとビルの谷間だ。

向こうからフラフラと歩いてくる人物がいる。

近づいてくると、ガダルカナル・タカだとわかった。

「探したよぉ、どこ行ってたの?こっちも急いでるんだから、時間守ってくんないと困るよ」

慣れなれしく声をかけられたところをみると既知の間柄なのだろう。でも、ぼくにはそんな記憶はない。

「ほら、はやくして。家で女房が待ってるんだから。おれも急がなきゃ遅れちゃうよぉ」

促されるまま、歩を進めるとやがてライトアップされた白壁の大きな邸が見えてくる。

この人、案外金持ちなんだなぁと下世話な感慨にひたっていると、白壁の塀にある裏木戸が開いて小奇麗

な女性が顔をのぞかせた。

「なにしてたのよ、もう!はやくしないと寝ちゃうじゃない!」

ご夫人はご立腹だ。なにをそんなに怒っているのだろう?

「悪い、悪い、こいつが急にどっかいっちゃうから、探すのにてこずっちゃって」

ニヤケ顔で弁明するガダルカナル・タカの目は笑っていない。

「あ~ら、そうなの。それじゃあ、仕方ないわね。あなたが悪いわけじゃないんだから、オホホホホ」

こちらも派手な笑い声をたててるわりには、目が笑っていない。

ぼくは妙な緊張感をおぼえながら、家に案内される。

中は吹き抜けの空間を贅沢に利用した、異様ともいうべき広さの部屋が続いていた。

「さあ、はやく済ませてちょうだいよ。もう時間ないんだから!それと、あなた!はやく出かけなきゃ遅

れちゃうわよ!」

ガダルカナル・タカはそそくさと出て行ってしまう。

「ねえ!こっち来て!ようやく到着したから!」夫を見送ると夫人は二階にいるらしき人物に声をかけ

た。誰が降りてくるんだろう?

「さ、さ、ボーっとしてないで、はやく始めてよ。すぐ降りてくるから、急いでね」

そう言うと、夫人もそそくさとその場を後にした。

でも、いったい何をすればいいんだろう?

ぼくは、皮ジャンを来てバイクに跨っているダチョウを前にして途方に暮れた。