口に頬張った洋菓子は、あふれ出る唾液と共に咀嚼されグチャグチャといやらしい音をたてた。
ゆっくりと首を回しゴキゴキと音をたて、口のまわりにクリームをつけた男はこう言った。
「せやから言うたやろ?お前やっぱりあかんやろうって。おれの言うことに間違いはないんや。なんで最初っから言うとおりにせえへんねん」
鬼の首をとったように得意光線がビンビン伝わるオーラとなってあふれでている。
「まあ、気ぃ落とすなや。間違いは誰にでもある。何回もおんなじ間違いしてたらアホやけど、お前、まだ一回目やろ?ほなら大丈夫やん。な?今度はおれの言うとおりにしいや」
指についたクリームを舐め舐めしゃべるから、男の唾がぼくの顔まで飛んでくる。男は舐めてきれいにした指を満足そうに見てから、おもむろに懐に手を入れ黒光りする拳銃を取り出した。
「これ、お前にやるわ。どや?これやったら失敗せえへんで。お前、チャカは触ったことあんのか?」
ぼくは自信たっぷりに頷いた。
「ほう?そうか?ほな、心配ないな。これ、けっこう反動あるしな。あんまり顔近づけて撃ったら、顔から血吹き出よるで」
ブヒャヒャヒャヒャヒャとひとしきり笑った男は、目尻の涙をぬぐいながらぼくに拳銃を渡した。
べレッタだ。まだ一度も使われたことのない新品だった。
「どや?持っただけで、なんでも出来そうに思えてくるやろ?心強うなるやろ?その安心感が成功への道やねん。それ持ってたら怖いもんなんかなくなってまうわ。これでちゃんとタマとってこいや」
でもやっぱり怖かった。べレッタの手に吸い付くような冷たい重厚感は大いに心強かったが、それでもやっぱり怖いものは怖い。前回も寸前で怖気づいて、逃げ出してしまった。いきがかり上、みんなの前で引っ込みがつかなくなって鉄砲玉を買ってでたが、ほんとうはこんなことやりたくなかったのだ。
男はぼくの怖気を敏感に察知し、目を剥いて怒鳴った。
「おら!男見せたれや!何いまさらビビっとんねん!われ、ここきて何年や?もう十年ちゃうんけ?鳴かず飛ばずでいままで何やってきとんねん!ここでビシッと決めな、お前もう終りやど。ああ?どやねん!わかっとんのけ!」
ぼくは男の目を見た。頭の中では母親が微笑んでいた。やさしく慈悲深く大きく包み込む目をしてぼくを見ていた。おかん、苦労ばかりかけてすまん。心配も山ほどさせたな。でも、もうお荷物はなくなるで。きれいさっぱりなくなるねんで。せやから、これからはゆっくりすんねんで。
ぼくは男を見据え大きく頷くと、重いドアをおして夜の喧騒の中に飛び出していった。