読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

スペンサー・クイン「ぼくの名はチェット」

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 本書は一応ハードボイルドミステリーの体裁になるのかな?私立探偵と失踪人探しとくれば、やっぱり王道でしょ?しかし、語り手は犬なのだ。だから決してハードボイルドにはならないのである。

 タイトルにもなっているチェットが本書の主人公なのだが、これがいままでよくあった犬や猫が語り手の物語とは一線を画した語りでなかなか盛り上げてくれるのである。

 では、いったいどういう風にいままでの擬人化された動物たちが主人公の物語と違うのか?

 チェットはまさしく犬そのものなのだ。そりゃあ、犬なんだから当たり前だろうと思われるかもしれないが、それがほんとにもう犬の行動原理を生き写しにしたような描写なのである。

 例えば、犬を飼ったことがある方ならすぐにわかってもらえると思うのだが、彼らの人間を友として見る信頼の目と人間が好きすぎてどうしようもない心の昂ぶり、またうれしいことがあるとすぐにそれまでの記憶が飛んでしまう単純さや、好奇心に羽が生えたようなテンションの持続と意地汚い拾い食い。ここに登場するチェットは本当に我らが知っているあの古来からの人間の従僕たる犬族そのものなのだ。

 そんなどこにでもいる普通の犬がどうやってミステリの謎を解いてゆくのだろう?とおもしろがりながらも半信半疑で読み進めていたのだが、なるほどミステリはチェットのご主人様である私立探偵のバーニー・リトルと二人三脚(?)でハラハラしながらもなんとかめでたく結末をむかえることになるのである。

 はっきりいって、このミステリ部分は弱い。そこに重点をおくとかなり見劣りのする話になってしまう。

 だが、本書は生粋の犬君が語り手なのだ。彼の生き生きとした日々の生活や、相棒であるバーニーとの関係や、悔いの残らない充実した生の謳歌を心底堪能するのが本書の正しい楽しみ方なのだ。

 本来ぼくは猫派なのだが、本書のチェットには一目置いてしまった。こんな犬友がいる生活も捨てがたいなと思ってしまったのである。