読書の愉楽

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ニール・ゲイマン「壊れやすいもの」

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 短編集なのだが、400ページ強の中に32ものタイトルが並んでいるのにまず驚く。何事だこれは!と思ってページを繰るとそのうちの半分が詩だとわかって納得した。だから本書に収められている短編は15編。読み始めは、正直あまりピンとこなかった。ホームズ譚とクトゥルフ神話の融合した巻頭の「翠色の習作」は期待が高かったせいかラストのどんでん返しにもあまり興がのらなかったしね。次の短編の「十月の集まり」も神話的なファンタジーの世界からホラーが顔を覗かせる展開に好感がもてたけども、イマイチだった。次の「顔なき奴隷の禁断の花嫁が、恐ろしい欲望の夜の秘密の館で」も逆転の発想に期待が高まったが、それほど盛り上げてはくれなかった。「閉店時間」も「苦いコーヒー」もホラー・ファンタジーとしておもしろいのだが記憶に残るほどのものでもなかった。だが次の「形見と宝」あたりからゲイマンの物語作家としての特質が発揮されてきた感じがして、たちまち魅了されることになる。

 先の読めない展開、豊穣なイマジネーション、そして物語がうねる快感。あまりにも陳腐な形容しか思いつかないが、ま、ようするにそういうこと。これはゲイマンにしか書けない、ゲイマンだけの物語。『シャヒナイ族の宝』やナルニア国物語のスーザンや究極の美食倶楽部がぼくを魅了する。

 「食う者、食わせる者」は掌編ながら凄まじく不気味な物語だし、怖いといえば「パーティで女の子に話しかけるには」で描かれる恐怖はあまりにも秀逸だ。これの臨場感は只事ではない。そしてラストに控えるのは長編「アメリカン・ゴッズ」の後日譚「谷間の王者」。もちろん、この長編は未読なのだが、それでもこの短編は充分楽しめた。あの「ベオウルフ」のグレンデルが登場するとはねえ。そうか「アメリカン・ゴッズ」は北欧神話がベースなんだね。

 言及し忘れてたが詩のほうもいいのがあるのだ。ぼくが一番好きなのは「円盤がきた日」。未曾有ともいうべき世界の終末の片隅で起こっている小さな物語。この感覚は大好きだ。あまりにも可憐すぎる。

 というわけで、出だしはさほどでもなかった本書、読了してみれば大満足なのでありました。そういえば以前に読んだ「ネバーウェア」もなかなかどうして、一筋縄ではいかないダークでキッチュなファンタジーだったもんなぁ。