読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ウンベルト・エーコ「バウドリーノ(下)」

バウドリーノ(下) (岩波文庫)

 下巻に入って、物語は本当の冒険譚に突入する。神聖ローマ皇帝のフリードリヒが亡くなり(これも史実に基づいて描かれるが、結果のみが史実に残っている部分で、そこに至る過程はエーコが自由に想像の羽を広げて描いており、おもしろい)それによって第三回十字軍遠征から離脱し、本来の目的であった司祭ヨハネの王国へ向けて一行は出発する。

 さて、ここからがエーコの幻想作家としての本領発揮なのである。バウドリーノ一行が遭遇する数々の出来事、それは怪物と異形と神話に彩られた驚異の世界!スキアポデス、マンティコア(これが猫と一緒に登場するのはどうしてか?何かそういうエピソード、伝承があるのか?)巨人、ピグミー、パノッティとまあ節操のないこと。当然、健全な読者は思うわけ。あれ?これってファンタジー?今読んでるのってそういう話だったの?でも、お利口さんの読者は再び思うわけ。そうか!このバウドリーノって男、自分のこと嘘つきだって言ってたっけ、じゃあこの話もすべて騙りだったとしてもおかしくないんだよな?

 なんてのは、ウソだけど。ぼくは、そこまで真面目な人間じゃないので、思考が停滞することなく自由に大いに楽しんで読んでいったけどね。物語の結構がおそろしく堅固だから芯がブレず余裕を持って読者を物語に没入させ、自然と幻想世界に溶けこませてしまう。結構の話をすれば、触れずにはおれないのがエーコのミステリ作家としての手腕だ。皇帝フリードリヒの死の真相を発端とするそれぞれの謎の解明にいたっては、あれ?これってバークリーのミステリだっけ?と勘違いしてしまうくらいの真相のどんでん返しの連続で、いやいやここでこうくるか!とうれしくなってしまった。歴史ピカレスク幻想ミステリというハイブリッドな作品だったんだね、これって。 

 というわけで、大いに満足して読了したというわけ。碩学エーコ此処にありって感じだね。素晴らしかった。