怪談のエキスパートといえば、この人なのである。いままで、ホラー系のアンソロジーやホラー作品の解説で名前を見かけて、ああこの人はこの分野に明るい人なんだなくらいの認識しかなかったのだが、本書を読んで、その生粋の怪談マニアっぷりにお見逸れしましたと頭を下げるしかなかったのである。
本書は怪談を愛好したり、怪談の執筆を志すいわば『怪談初心者』のために書かれたハンドブックなのだが、そこそこ親しんで怪談通になってる人が読んでも楽しめる内容になっている。ぼくが感心したのは、第二部第三章「日本における怪談文芸の系譜」。ここでは章題にあるとおり、日本での怪談話のルーツを掘り起こし現代までの系譜を一気に紹介しているのだが、その飽くなき探求精神には心の底から驚いた。
ぼくなど怪談話の起源で思い起こすのはやはり「古事記」なのだが、この人はそれに言及しながらもさらに突っ込んで、アイヌの叙事詩「ユーカラ」や琉球の「おもろさうし」などを引っ張り出してくるのである。それから語り起こされるジャパネスク・ホラーの連綿たる系譜の壮観なことよ!この章の記述は一級の資料として大変重宝すること間違いなし。そう言い切っちゃう。
当然のごとく海外の作品についても二章分さかれていて、これはこれでツボを得たとてもわかりやすい解説で、翻訳物好きなら一応誰でも知っていることばかりなのだが、これも読んでいてたいへん楽しい。
こういう怪談系ひとつとっても、ジャンル内に様々な派流が存在し、尚且つそれが細分化されているのでよく馴染んでいる者でさえその定義付けには難渋するのだが、そこらへんの区分の仕方がゆるやかではあるが一応なされていて、そういった部分はなるほどと膝を打ち、有名な作品の出典をつまびらかにしたところでは、あの作品にも種本があったのかと驚嘆し、まことに有意義な読書をさせてもらったわけなのである。いやあ、ほんと、楽しかったなぁ。