待望のラヒリ第二短編集である。彼女の描く世界は、あまりにも普通のどこにでもあるような世界、家族や恋人たちと過ごす普段の生活であり、そこには突飛な発想も突出した奇妙な登場人物も出てこない。なのに、どこにでもあって我々も体験しているこの代わり映えしない日常が、ラヒリの筆にかかると思わぬ新鮮さでもって見事に切り取られる。それがあまりにも鮮烈でストレートに心に食い込んでくるところが彼女の小説の醍醐味なのだ。家族の間でのわずかな軋轢、思いやる心と突き放す心、憎しみと愛情が背反して人は生きていく。あたりまえな事、よくわかっている事、いつも経験している事がこんなに感性を揺さぶるものなのか。父が娘にしめすぎこちない愛情、娘が父を見守る姿勢、母が感じた心の痛手、夫婦の間にある微妙な距離。こういった機微を描くのは、ことさら難しいものだ。それをラヒリは冷徹なほどクールな文体にのせて、淡々と静かに描いてしまう。
本書に収録されている作品は以下のとおり。
第一部
「見知らぬ場所」
「地獄/天国」
「今夜の泊まり」
「よいところだけ」
「関係ないこと」
第二部 ヘーマとカウシク
「一生に一度」
「年の暮れ」
「陸地へ」
第一部は短編ばかりなのだが、第二部はヘーマとカウシクを主人公にこの二人が知りあってから三十年の時を三つの短編で描くという連作形式で、通して読むと感慨深い。得るものと失うもの、人間はそれを繰り返して歳を重ねてゆく。愛と哀しみ浮き沈み、誰もが味わう人生の波。あくまでも静かに、削ぎ落とし切り詰めた文章にのせてラヒリは描く。
今回、訳に少し違和感があった。小川高義氏の訳は安心できるものと思っていただけに少し残念だった。
しかし、ラヒリは素晴らしい。やっぱりこの美人は凄いわ。