窮屈な、と思ったら、どうやらぼくは裁縫箱に入っているらしい。
手足も動かせず、やたらと身体中のあちこちがどこかに触れている。しかも、自分の手足がいったいどういう状態なのか皆目見当がつかない。伸ばしているのか、縮めた状態なのか、真っ暗で目も見えないから余計にわからない。どれくらい、ここにいるのだろう?気がついたら、この裁縫箱の中だった。
微かな記憶をたどっていけば、確かぼくはここへ来る前にセックスしていたはずだ。相手の女性が誰かはよく思い出せないのだが、口の端から血が流れていたように思う。本来なら気持ちが悪いはずなのに、そのときは逆に扇情的だった。変な感じだ。
ところで、どうやってここから出たらいいのだろう?さっきから胸のあたりがチクチクするのは針山に刺してある針の頭が当たっているからか。とにかく出なければいけない。さもないと、ぼくは一生ここから出れない気がする。しかし、手足に力が入らないのである。動かそうとする意志はあるのだが、どうやっても動かすことができない。さて、いったい、どうしたものか。
いかん!ケツが痒くなってきた。ちょうど双丘の間のあたり、肛門より上方の隆起がはじまるところに激しく掻き毟りたくなる痒みが突如あらわれた。しかし、我が手はそこに届かず。ううむ、これでは隔靴掻痒どころではない。こんな激しい痒みを我慢するくらいなら、いっそのこと息の根がとまってしまったほうがマシだ。悶絶するとは、こういう状態をいうのだろうか。身体を動かすことも儘ならず、これではまるで拷問ではないか。だめだ。激しい尿意もあらわれてきたぞ。このままでは垂れ流しになってしまう。
そのとき真っ暗だった箱の中に光が届いた。一瞬、痒みも尿意も忘れて涙にかすむ目を開けると、かすかに開いた蓋の隙間から誰かが覗いているのが見えた。
ぼくがこの裁縫箱の中に入っていることを知っているんだ。痒みと尿意に悶絶しているぼくを見て、笑っている。
「ホースを伸ばせ!」
「了解!ホースを伸ばし、消火栓に接続完了!」
「中嶋!森下!ホースを持て!」
「はい!」
「はい!」
「ホースを掲げよ!」
「はい!」
「はい!」
「このままでは類焼するかもしれん!着水点は隣家との境だ!」
「はい!」
「はい!」
「では、放水開始!」
「放水開始!」
ホースから迸る激しい水流。躍るホース。三人で抑えても、暴れるホースに振り回される。太く、飛散しながら放出される水流は、孤を描く。
そして、ぼくの尿意は消失した。