読書の愉楽

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G・ガルシア=マルケス「わが悲しき娼婦たちの思い出」

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 久しぶりにマルケスを読んでみた。彼の最新作である。どうやらこの小説は川端康成の「眠れる美女」に触発されて書かれたものらしい。それはそれでいいのだが、この小説を書いたとき、マルケスが77歳だったということに驚いてしまう。内容も、かの小説を元ネタとしてるだけあってなかなか倒錯的な雰囲気が付きまとっている。なんせ90歳の老人が自分の誕生日の祝いに、うら若い処女を狂ったように愛そうと考えてしまうのだから尋常ではない。

 しかし、そこにいやらしい雰囲気はない。まさしく描かれるシチュエーションは「ロリータ」のようであり、まだ胸もふくらみきっていない裸の少女と一夜を共にするなんて、罪深くて限りなく淫靡な行為である。ましてや、その相手は90歳になろうとする老人なのだ。

 だが、そこがこの小説の素晴らしいところなのだがそういう状況を描いているにも関わらず、本書は限りなく高尚な作品に仕上がっているのである。

 粗野ではあるが野生の美に溢れている少女を前にして、この老人は生まれてはじめて心から人を愛することになる。それは至高の愛であり狂気の沙汰でもある。

 考えてもみよ。もう棺おけに片足つっこんでるような老人と、その孫娘のような少女との間に愛など成立するものなのか。ハタから見れば、これほど醜悪な恋愛もないものだ。はっきりいっておぞましい。

 しかしそこはマルケス、これだけ反対要素の溢れた醜悪な物語をかつてないほどの純愛小説として見事に昇華させた手腕はさすがである。

 そう、はっきりいって本書に描かれる数々の場面は、この上なく美しく限りなく魅力的だ。彼の専売特許ともいえるマジックリアリズムの手法を排除し、老人賛歌と老いらくの恋を高々と歌い上げている。

 性に固執するかのように見せかけてその実、本書で強く印象に残るのは「生と死」の問題である。死を目前に迎えた一人の老人が、恋に胸を焦がして生をまっとうする姿が潔く、明るく描かれているのである。かように南米の陽気さと一触即発の危険を孕んで描かれた本書は、希望に満ちたラストを迎えてとても清々しい読後感を与えてくれる。久しぶりのマルケス、大いに堪能させてもらった。