◆「明治バベルの塔」
◇「牢屋の坊っちゃん」
◆「いろは大王の火葬場」
◇「四分割秋水伝」
なかでも一番おもしろかったのが「いろは大王の火葬場」である。これは、明治の世に『牛肉店のいろは
』として二十数店舗を展開しそれぞれの店の店長を自分の妾にまかせていたという木村荘平が登場する。
物語はその荘平が新しい火葬システムを売り出そうとするところからはじまるのだが、この時代、裕福な
格式ある家は土葬が一般的、新式の火葬場の釜開きを有名人で行い箔をつけたいと考えている荘平には分
が悪い。七人のセールスマンを使い、いまにも死にそうな有名人の先約を取りつけさそうとするのだが、
なかなかうまくいかないのである。ここで登場する有名人の多彩なこと。作者のいうとおり、本編は明治
の小『人間臨終図巻』となっている。
表題作の「明治バベルの塔」は、探偵小説の祖といわれている黒岩涙香が登場する。彼の経営する万朝報
がライバル紙であるニ六新報が始めた福引券に対抗して始めたのが暗号クイズだった。月、水、金と三つ
に分かれたこの問題を解けば大金が手に入るということでこの試みは大好評となる。そこに足尾銅山事件
が絡んできて物語は大きくうねっていくのだが、感心するのがこの暗号である。一つの暗号に、二種類の
意味をもたせるという離れ技を風太郎は難なくこなしている。
「牢屋の坊っちゃん」は、漱石の「坊っちゃん」的人物なら、牢屋に入ることもあるかもしれないとの発
想からうまれた短篇。小山六之助という実在の人物をモデルに、彼が著した「活地獄」という手記を参考
にして、漱石の文体模写で描ききった好編である。
ラスト「四分割秋水伝」は、大逆事件で有名な幸徳秋水を「上半身」「下半身」「背中」「大脳旧皮質」
の四つの視点から描こうという斬新な試みがなされている。しかしこれは少し企画倒れの感が否めない。
ある人物を掘り下げるという意味で非常に興味深い試みなのだが、四つの視点の変化が、あまり効果的に
使われていないので少々退屈だった。
というわけで、ひさしぶりに風太郎明治史を読んだわけだが、なかなか楽しめた。実在の人物が次々と登
場して、意外なところで顔をのぞかせたりするのが無類に楽しい。明治物は、まだまだ未読のものがある
ので順次読んでいこうと思っている。やっぱり風太郎は最高ですな。