この二人のタッグでは、以前「謎のギャラリー」シリーズでなんとも歯痒い思いをしたことがある。どういうことかというと、北村薫が選出したそれぞれの短篇について二人で対談しているのだが、その悉くがなんともピント外れで共感できないものだったのだ。どうしてこんな作品にこれだけの賛辞をおくれるのかと何度も頭をひねってしまった。そして今回ちくま文庫からまたこの二人による名作短編集のアンソロジーが刊行され、性懲りもなくぼくはそれを読んでしまったのである。
どうして波長の合わない北村薫・宮部みゆきコンビの編集したアンソロジーを読んでしまうのかというとやはりまだ見ぬ作品への期待が大きいからである。あんな作家、こんな作家のあんな作品、こんな作品が一冊で読むことができる。尚且つ今では簡単に読むことのできない作品まであったりする。これはリスクを負ってでもついつい手が出てしまう本好きにはたまらない魅力なのだ。だからついつい読んでしまう。
というわけで、本書の収録作は以下のとおり。
「となりの宇宙人」半村良
「冷たい仕事」黒井千次
「むかしばなし」小松左京
「隠し芸の男」城山三郎
「少女架刑」吉村昭
「あしたの夕刊」吉行淳之介
「穴 考える人たち」山口瞳
「網」多岐川恭
「少年探偵」戸坂康二
「誤訳」松本清張
「考える人」井上靖
「鬼」円地文子
書き出してみると、なんとも錚々たる顔ぶれではないか。知らない作家が一人もいない。この中で一番印象深いのは「少女架刑」だろうか。以前にも読んだことがあるのだが、今回あらためて読みなおして、やはり強烈なインパクトを与えられた。これは病気で亡くなった薄幸の少女が献体として親に売られ、物体となってからも解剖実習に供され最後の最後まで切り刻まれていくさまをその少女自身の語りで描いた作品なのだが、普通このグロとエロの要素を合わせもった題材ならいくらでも扇情的に描くことができるのに、この作品は清冽でとても透明感のある印象に仕上がっている。ラストに出てくる骨の崩れる音はまさしく名人芸の域である。
その他の作品ではラストの三篇がそこそこ印象深かったかな。清張の「誤訳」はある意味ミステリ的な興趣が味わえる一品。とても短い作品だが、スルスルと読ませて小気味よい。井上靖「考える人」も即身仏を巡って、どうしてその人が即身仏になったのか?という謎を考察する部分がおもしろい。円地文子の「鬼」は土着的、土俗的風習にからむ人間の怖さを描いた作品。小品ながらなんとも不気味な印象を与えてくれる。
他の作品はあまりパッとしなかった。ただ一篇、山口瞳「穴 考える人たち」はなんともシュールな作品で訳がわからないながらも、この人がこんな作品書いてたのかと感慨深かった。だって、偏軒という男が主人公で妻イーストのために一生懸命ゴミを捨てる穴を掘っていて、そこに子供用の自転車に乗ったドストエフスキイが訪ねてくるんだもの。ね?なんとも変な作品でしょ?
というわけでやはり期待以上の収穫はなかったのだが、このアンソロジー来月も第二弾が刊行されるそうで、そうなるとやはり読んでしまうのだろうなぁ。