読書の愉楽

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安東能明「強奪 箱根駅伝」

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 元々テレビでスポーツ中継を見る習慣がないので、箱根駅伝の存在は知ってても一体どんなことが行われているのかなんてまるで知らなかった。そりゃ駅伝がどういう競技なのかってことは知っているが、選手やそれをサポートする人達、またそれをテレビ中継する番組のスタッフ達がどんな思いでこの一大イベントに携わっているのかがわかって興味深かった。

 タイトルからもわかるように、本書で描かれるのは箱根駅伝を舞台にしたサスペンスだ。大会前に神奈川大学駅伝チームの女子マネージャーが何者かによって誘拐される。だが、身代金の要求はない。ただ、ある選手を名指しで大会に出場させるなという要求があるのみ。秘密裏に捜査を続ける警察も犯人側の要求がないという事態に、これは身内が仕組んだ狂言なのではないかと疑う始末。だが大会が開始された当日駅伝中継をするテレビ局にネットを通じて犯人が接触。流されてくる映像には、どこかの部屋に監禁されている女子マネージャーの姿が映し出されていた。

 とまあすべり出しを要約すればこんな感じなのだが、読者にとって犯人の要求の真意が見えてこないところがミソ。いったいこいつらは何を目論んでいるのか?ネットを通じてハイテクを駆使し、テレビ局と警察を手玉にとる犯人。裏の裏をかく工作は、すべて犯人の思惑通りに事がすすむ。こう書くと、なんとサスペンスにとんだ話なんだと思われるかもしれないが、これが意外と辛気臭く感じられたりもする。

 特に犯罪行為と並走する形で行われる箱根駅伝の実況中継などは、本来ならリアリティが増して話の信憑性を向上させる重要な要素となっているのだろうがスポーツに興味のないぼくにとってはどうでもよい描写に感じた。

 しかし、やはり犯罪を描いた部分はおもしろく、いったいどうなるんだ?という興趣をラストまで持続させる構成はかなり手堅い印象をもった。ただ、難をいうなら犯人の動機が少し弱かった。箱根駅伝をこれだけ克明にシュミレートし、臨場感たっぷりに再現しているにしては少々お粗末な印象はぬぐえない。

 さらに加えるなら、犯人の末路に関しても一言いいたいところなのだが、それをここでバラしてしまえばこれから読む人の興を削ぐことになるので、これは読んでみて確かめて欲しい。

 とまあ、かなりな盛り上がりに対して少し不満の残るラストではあったが概ね本書の基本ラインはおもしろかった。この人の作品はこれからも読んでいきたい。もっとすごい作品が潜んでいそうな気がする。