読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

本岡類「真冬の誘拐者」

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新潮ミステリー倶楽部というシリーズがあったのをご存知だろうか。第一回配本は1988年10月。

景山民夫「遥かなる虎跡」、逢坂剛「さまよえる脳髄」、佐々木譲「ベルリン飛行指令」、日下圭介「黄

金機関車を狙え」の4作だった。その後コンスタントに配本を続け1999年1月まで56作この世に送

りだしている。このシリーズ、なかなかの傑作揃いのシリーズで「このミス」の上位ランクを占める作品

も少なくなく、賞をとった作品も多い。ところで「このミス」といえば、新潮ミステリ倶楽部の配本が始

まった年に丁度「このミス」の刊行も始まっている。何か因果関係があるのだろうか?

本書は1993年1月に三冊刊行された第15回配本の一冊だった。他の二作は小池真理子「夜ごとの闇

の奥底で」、折原一「異人たちの館」。ぼくはその時三冊すべて読んだ。

小池の「夜ごと~」は、サイコホラー。キングの「シャイニング」や「ミザリー」を焼き直したような作

品で、印象は薄かった。

折原の「異人たちの館」は三冊の中では一番分量が多かったのに、腹が立つほどしょうもなかった。

で、三冊の中で一番感心したのがこの「真冬の誘拐者」だったというわけなのだ。

読み始めは語り口が軽いので、赤川次郎のようなライト感覚のミステリなのかと思ったのだが、読み進む

うちになかなか重いテーマを扱った社会派の掘り出し物だと思い直した。

話が見えない物語。半ばまでは純粋に誘拐物のサスペンスを満喫し、謎が解かれて全体を把握するにいた

って、やりきれない悲劇の重さを味わった。真相に触れてしまうので、詳しく語ることはできないのだが

自分がこのような目にあったら、どういう人生を歩むことになるのだろうかと、読了後しばらく混乱して

いたのを憶えている。純日本風悲劇の傑作だ。

この本ぼくが知るかぎり文庫化はされていない。どうしてだろう?直木賞にもノミネートされた作品なの

に。是非文庫化して刊行して欲しいものだ。もっと多くの人にこの不可解きわまる誘拐劇を味わって欲し

いと思う。