読書の愉楽

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筒井康隆「愛のひだりがわ」

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 ただの児童書にはない現実の厳しさが描かれている。

 そこは筒井康隆のこと、少々世界がゆがんでる。ことさら説明があるわけでもなく、読者はいきなりその世界に投げ込まれる。時は近未来、警察の機能は停止し、人々は自警団を結成して生活を守っている世界。紛争が起きてるのか、内戦が起こってるのか、路上には死体があったりする。

 主人公の愛は小学6年生。幼い頃に犬にかまれて左腕が不自由になっている女の子。父親は行方不明、母親と親戚の家に間借りして生活しているが、その母親も開巻早々亡くなってしまう。母親が残してくれた財産も親戚に奪われた愛は、行方不明の父を探す旅に出る。

 愛は数々の苦難にあい世の中の汚い面も見ながら旅を続けてゆくのだが、この過程が抜群におもしろい。薄幸の少女というのはよくある設定だが、左手が不自由だというハンデを背負いながらもこの少女は前向きに立ち向かってゆく。

 愛の左側には常に守ってくれる者がいる。だが彼女は、いたいけな少女には描かれていない。活発で理知的で、たくましい女の子だ。

 時代を反映した社会風刺も巧みに描かれており、筒井の物語作家としてのいい面が出た佳品に仕上がっている。

 しかし、本書は児童書にしてはリアルに現実が反映された話だった。SF的でもあり、ファンタジーとしての結構も保ちながら、描かれることはおそろしく現実的なのだ。

 ラストでの愛の父親への告白が素晴らしい。う~ん、やはり筒井はブッ飛んでるなあ。