読書の愉楽

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森村誠一「人間の証明」

 

人間の証明 (角川文庫 緑 365-19)

人間の証明 (角川文庫 緑 365-19)

 

 

 
 ずいぶん古い作品だ。これを読んだのはもう二十年も前になるだろうか。森村誠一の小説はこれ一冊しか読んだことがない。とにかく映画が有名でジョー山中のあの耳に残るテーマ曲と『母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね』という西條八十の詩の一節だけが記憶に残っていた。

 でも、映画は観たことがなかった。だから、本書を読んでみたというわけ。ま、時代の古臭い部分はあったけど、やはり森村氏の代表作だけあって、読み始めたらやめられないおもしろさだった。

 感触でいえば清張の「砂の器」系の話だ。真相を知って、胸がギュウッと締めつけられる思いを味わう。どうしてわかってやれなかったのか。どうして浅墓にも自分の地位を先に考えて行動したのか。あんたはそれでも・・・。と、これ以上書いたらネタバレになっちゃうので、ここまでにしておくが、ただ殺人が起こってそれを解決して終わりというだけの作品ではないのだ。

 このミステリの骨格は単純のようでなかなか秀逸。一つのアプローチが波及して多くの因果関係が解きほぐされる。まあ、そこに御都合主義的な匂いを感じないわけではないが、それも大した瑕疵ではない。
物語の波に乗ってどんどん読まされるからあまり気にならない。

 あの時代、戦後の混乱と高度経済成長。目まぐるしく変わっていく日本の中で、人生の波に翻弄された一人の黒人青年。いったい彼はなんのために生まれてきたのか。探求とほぐれてゆく謎の恐ろしさ。
知りたいけど、知らないほうがよかったと思ってしまう。ぼくは、彼ではない。そのことに心の底から安堵する。これは、そういうミステリなのです。