読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

証言 part2

 夜はやさしい。わたしの存在が見事に消される。何処とも知れぬ粗末な小屋の中での日々は、わたしに新しい世界を見せてくれた。家には、慎ましやかな家族の営みがあった。親と子、そこにはあたたかい安らぎがあった。わたしは、小屋の中にあった大きなコートや古いズボンを身につけ、そこを拠点に夜を徘徊した。

 ある日、わたしは森の中でぼろぼろの旅行鞄をみつけた。その中にわたしの三人の家庭教師が入っていた。遠い記憶の底にあるかすかな残滓。それが形となってわたしに定着できるよう手助けしてくれた三冊の本。無からはじめたのではない。わたしは言葉を知っていた。わたしの奥底に眠る言葉たちがその三冊の本によって甦った。三冊、すなわち「失楽園」、「プルターク英雄伝」、「若きウェルテルの悩み」。

 「失楽園」で、わたしはアダムを知りサタンを知った。わたしはアダムではなくサタンなのだ。「プルターク英雄伝」からは、人間の因果を知り、考えて行動するということを学んだ。そしてわたしがもっとも心惹かれたのが「若きウェルテルの悩み」だった。わたしはウェルテルと共に生き、そして泣いた。伴侶というものに憧れをもったのもこのときだ。ウェルテルの死は、わたしの死でもあった。

   夜のやさしさに包まれて、時は熟成する。わたしは吠え、怒る。

   ああ、わたしは、どこから来たのか。

   わたしは、神に捨てられた。わたしの神はそう、あなただ。F。

   わたしは、どこからやって来た?

   わたしは、どこへ行く?


 詩だ。わたしは言葉を得た。わたしの心情は誰にもわからない。言葉は力だ。その力をわたしは行使する。わたしは言葉から、様々なことを知った。人間というものも知った。神も悪魔も知った。そして、わたしが『F』によってつくられた被造物(クリ―チャ―)だということも知った。わたしは唯一だ。ザ・ワンだ。 わたしは常に考えていた。大いに悩んでいた。仲間が欲しい。愛されたい。愛したい。わたしを怖がらず、受け入れてくれる人が欲しい。どうして『F』は、わたしを創造したのか?わたしは、できそこないなのか?人はわたしのことを怪物だという。ああ、わたしはどうすべきなのか?

 旅を続けて、わたしはジュネーヴというところまで辿りついた。そこで『F』の名を口にした少年を縊り殺してしまった。わたしは怒りを制御できない。わたしの気を静めるわたしの片割れ。わたしの伴侶は・・・・・いない。伴侶を求めて、伴侶を創造してもらうために、わたしは『F』を探した。

 めぐりあわせは、時に奇妙な邂逅を実現させる。ジュネーヴレマン湖でディオダティ荘に集う五人の男女がいた。偶然、わたしはその中の少女のような女性と鉢合わせしてしまった。メアリというその女性は、わたしのことを知っていた。驚くことに、彼女が本当のわたしの創造主だというのだ。わたしの苦悩を知ったメアリは、わたしを救ってくれるという。危機は回避された。彼女は、書きかえてくれた。

 わたしは、うまく語ることができただろうか。これがわたしの物語だ。わたしは伴侶を得た。メアリによって創造された伴侶だ。わたしは、動物の器官をつけられたために、子を残すことはできない。でも、五つの約束を経て愛すべき伴侶を得た。危機は回避されたのである。