読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

澁澤龍彦 「犬狼都市(キュノポリス)」

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キュノポリスという言葉の響きにまず翻弄される。そして犬狼都市という字面にシビれてしまう。このイメージだけでごはん三杯いけちゃうくらい素晴らしい語感だよね。それを書いたのが澁澤龍彦だっていうんだから、もう参りましたなのである。


 三編収録されている本書は、そんな魅力的なタイトルを秘めた幻想文学の最北端だ。ここに描かれるイメージや美意識は、該博な知識と独特の感性の上に成り立つ静かな殿堂だ。まったく素地がないぼくなどは、表面的な描写の価値をなんとか飲み込むだけで精一杯。そこに内包されている歴史の重みや人類の足跡にまで思い至ることはない。いったいこの短い物語群の持つ真の意味をどれだけの人が理解できているのか。スタンダードな聖書くらいしか知らないぼくにとって、この短い本書はテキストとして機能することはない。そりゃあ今はネットっていう便利なものがあるから、「犬狼都市」がエジプトの「死者の書」をモチーフにし、「陽物神譚」がローマの悪名高い皇帝ヘリオガバルスを題材にしているなんてことは調べればすぐにわかる。「マドンナの真珠」は強いていえば『さまよえるオランダ人』に代表される幽霊船の話が元かな。しかし、そういう事をこの短編集を読んだだけで理解できる人がいったいどれだけいるのだろうか。いや、それが絶対だと断定しているわけではないのだけれども、それほどに凄い人だったんだなと思うのである。


 澁澤龍彦という人は、人類が遺してきた多くのものすべてを蒐集しようとしていたのではないかと思えるほど博識な人だったのであります。って、こんなこと本好きなら誰でも知ってるよね。氏の美学、哲学、思想などなどが堅牢な価値観の上に成り立っていて、それに付随する形でそれぞれのストーリーが生まれる。ぼくはそういう風に氏の小説をとらえている。


 でも、こんなぼくでもやはり小説のもつ鮮烈なイメージだけは脳みそに刻みこまれていて、ダイヤモンドの中でおこなわれる人と獣の交合(おっと、これは八犬伝?)や、ファキイル(断食僧)という名のコヨーテなんかがいつまでも心に残っていたりするのである。


 なかなか手が出せないでいるが、これから氏の作品も多く読んでいかねばなるまい。だって、ぼくも少しの足掛かりとして氏の本から人類の足跡をたどっていきたいもの。そういう意欲だけはあるのですよ。

 犬狼都市(キュノポリス)

澁澤龍彦
福武書店
472円
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[http://www.honzuki.jp/book/status/no165795/index.html 書評] http://www.honzuki.jp/img/isbn9784828830209.gif