歌人である著者が日々暮らす中で出くわすあまりにもおかしい『天使的な言葉』の数々。そこには目から
ウロコ的な笑いのツボにあふれたものや、鋭敏な言葉の感覚を持つ著者だからこそ気づくことのできるち
ょっと普通じゃないシチュエーション、偶然によってこの世に生まれてきたあまりにも詩的な言葉などが
的確な分析によって綴られてゆく。
とにかく、穂村氏のまわりにはおかしくて仕方のない言葉たちが溢れかえっている。スピーチの時などの
出だしの第一声に潜む魔、そのタイミングでは絶対に言ってはいけない致命的発言、恋人たちの神がかり
的な会話、あるけどないもの、世界を凍らせる言葉などなど。よくまあ、これだけ珍妙な状況にであえる
ものだと思ってしまう。彼のアンテナが蒐集する『天使的な言葉』たちの発する絶妙でインパクトのある
笑いは格別だ。これだけは誰にも真似のできないもので、おそらくそれは天然の人が、計算ではなく天か
ら降りてきた言葉として発する言葉の笑いと同じ種類のものなのだ。だから、そこには誰もが感銘を受け
てしまうほどの心底からのおかしさがある。
「窓硝子一面に煙草のヤニがめめーっとついてて」や「先っぽがトッキントッキンに尖った鉛筆」や
「しおりちゃんって、ムリンとしててセクシーだね」なんていう感覚はぼくには皆無だ。だからこそ素晴
らしいと思うし、心底うらやましい。
また「貼り紙の声」の章での考察も素晴らしい。穂村氏がコンビニに行ったときに壁に『もたれるな』と
貼り紙がしてあった。それを見て穂村氏はぞっとするのである。殺される、という閃きすら感じたとい
う。そこで氏は考える。何故こんなに怖いのか?そしてその恐怖をコンビニという自己主張が希薄な空間
に、突然現れた肉声の恐怖と分析する。さらに「もたれるな」という言葉の曖昧さを指摘。別にちょっと
ぐらいいいじゃん、もたれたってと思うが、声の主は確かに思い詰めているというのだ。そのニュアンス
の落差に死の予感が入り込むのだという。
こんな風に鋭敏な感覚でもってすべての事柄を考察しながら絶妙な笑いをふりまいてゆく穂村氏のセンス
が素晴らしい。気負わずスラスラ読めるところもある意味魅力だ。
そうそう今朝のことだが、ぼくも『天使的な言葉』に少し近づいた気がした瞬間があったので、ここで紹
介しておこう。いつものごとく、なかなか起きてくれない長女を起こしていたときのこと。何回も何回も
起こしにゆくがまったく布団から出る気配がない。そこで、大きな声で最後通牒のつもりで「起きなさ
い!」と言ったぼくに長女はこう言ったのである。
「いま起きるために目覚ましてんねん!」