北アイルランド紛争の当時IRAの兵士として神格化されていたゲリー・フィーガンは、1998年の
和平合意以後酒におぼれる日々を送っていた。彼は眠れぬ苦悩の日々を酒で紛らわせていたのである。
それというのも、紛争当時に彼の手によって葬られた12人の亡霊たちが彼につきまとって離れてくれ
ないのだ。彼ら命なき影たちは、フィーガンに生贄を求めていた。彼らの死に関係する裏で糸引く男た
ちを、自分たちを見殺しにした男たちを。フィーガンは亡霊たちの欲するままに苦しみからの解放を求
めてかつての仲間や指導者たちを処刑していくのだが、それは危うい均整の上に成り立っていた和平合
意を根底から覆す結果となっていく・・・・。
まあ、これが新人さんのデビュー作とは思えない緊密な作品で、ある意味ぐいぐい読んでいくのをため
らってしまうような重さと苦悩を味わわせてくれるのである。ぼくなど読んでいて何度『ああ神様』と
天を仰いだことだろうか。それほどに本書に出てくる数々のシチュエーションは嗚咽をもらしてしまう
ような痛みを与えてくるのだ。
まず、目新しいのが物語の根幹を支える亡霊たちに支配された主人公という設定だ。まさかこんな子供
騙しの状況を大真面目で語ってくるとは思わないではないか。だが、これがアイルランドが舞台だから
こそ栄える。テロに巻き込まれたり、惨たらしい拷問の果てに無残に命を奪われた人たち。無益な死を
あたえられた名もなき人々がいてこそ、この物語は命を吹き込まれるのである。
には血の歴史があった。つい最近まで、その地では多くの血が流されていたのである。本書を読んでぼ
くはその容赦ない血の洗礼を受けた。人間はどこまで非情になれるのだろうか。本書を読み終えてぼくは
そのことを強く考えているのである。