読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

フランシス・ハーディング「カッコーの歌」

 

カッコーの歌

カッコーの歌

 

 

 

 
 祈る気持ちで読み進めた。どうか、どうか、ぽくの気持ちをへし折らないで下さい、悲しい結末に直面させないで下さい。その時のぼくは、心の底からそう願いながら本書を読んでいた。

 本書は、なかなか変格的なファンタジーだ。構造の話をするとすべてが見えてしまうので詳しくは書けないのだが、ファンタジーに特化せずともいままでこういう物語は読んだことなかったように思う。

 だから読みはじめのころは少々とまどった。だって、身の置きどころがないんだもの。ま、ぼくは真相を語らないようにして本書の特質を説明しようとしているので、未読の方にとってはいったいなんのこっちゃ?と思われるだろうが、どうか我慢していただきたい。本書は、そういう本なのであります。

 だから、ストーリーなんて説明しません。そんなことしちゃどうしてもバラしてしまうもの。本書を読んだ誰もが思うことなのだが、この本をこれから読まれる方はどうか予備知識なしで挑んでいただきたいのだ。なんて無責任なこと言って、このまま終わるのもなんだかしゃくなのだ。ぼくはなんとか本書の魅力をこの文章を読んでいる人に伝えたい。

 いってみれば本書は悲しみを乗り越えて、大きくなってゆくという王道のイニシエーションを変則的に描いた良質なファンタジーだ。王道ゆえ、本書にはアリスもゲドもナルニアもその片鱗を残している。かといっていままで親しんできたファンタジー小説とは、そのテイストがかなり違っている。これは先にも書いたとおり。

 作者は、意匠を取り込みながら精度の高いオリジナル作品を書き上げている。物語としてのふくらみは、独自の視点をもって世界を構築し、そこに生き生きとした登場人物たちが配置され、読者は安定した本の世界で不安定な物語を堪能する。こんな読書体験いままでございませんとも。

 かといって、過度な期待は禁物ですぞ。ぼくは、大いに煽っているのかもしれない。どうか、未読のみなさん、もし本書を読まれるのなら、真っ白な気持ちで深呼吸してから読みはじめてください。