これはもう文庫にもなっているので知っておられる方も多いとは思う。本書のコンセプトは「ミステリ好きビギナーにもマニアにも楽しめる密室のガイドブックで、読んでも観ても楽しい本」なのだそうで、その条件に合致し、尚且つ有栖川氏がセレクトしていく過程で
① 密室の出来がよいこと
② トリックが歴史的な意味を有していること
③ 密室の設定がユニークであること
④ 作品そのものが面白いこと
⑤ 解説したくなる要素を含んでいること
⑥ 絵にして映えること
の六項目の基準を設け、このうちの三つ以上の条件に当てはまるものを国内海外合わせて60作以上選び、さらに
① 並べた時、密室の設定とトリックの中身にバラエティが出ること
② 他の人が語り尽くした見方をなぞるのは避けること
③ 発表年代が著しく偏らないこと
④ 入手が容易なものを優先すること
の基準で絞込みを行い、海外国内それぞれ二十作の精鋭を選んだのだそうだ。
そして、これが本書の最大の売りなのだが、それぞれの作品の紹介に加えて磯田和一氏による犯行現場の詳細なイラストがついているのだ。これは眺めているだけでもなかなか楽しい。
以前に何度も書いているが、ぼくはいまだかつて密室物でこれだ!という作品に出合ったことがない。
本格推理は純粋な知的パズルであって、トリックに関していえば論理の素晴らしさを堪能するものである。しかし、密室物は本格の中でも不可能性が際立っている分トリックに論理の美しさが反映されていないものも多く、そういった点で心の底から納得できるものが少ないのである。要するに謎の魅力あふれる作品にかぎっておバカ度満開であったり、無理の目立つトリックであったりするわけなのだ。
だから密室物では本格としての満足を得たことが皆無といっていいほど当たりが悪い。事実、本書で紹介されている作品でも四十作中十三作既読だったのだが、その中で心から堪能できたのは「妖魔の森の家」と「ジェミニー・クリケット事件」のニ作しかない。
であるにも関わらず、本書はおもしろい。既読、未読ひっくるめて有栖川有栖氏の作品解説はかなり読ませるし、そこには氏の密室物に対する愛情すら感じさせるものがある。それは読んでいてとても気持ちのいいものだし、おおいに共感する部分もある。加えて現場の状況をイラストで詳細に描いてあるので、視覚的にも刺激される部分が多く、密室物に否定的なぼくでさえすごく感化されてしまったほどだった。
本書を読んでる間はずいぶん楽しませてもらった。良かれ悪しかれとても刺激を受ける本だったのは間違いないといえる。だから、ぼくはいまだに折あるごとに本書を読み返してしまうのだ。