戸を開けると、そこは50畳はありそうな大きな座敷だった。こんなに広い部屋は見たことがなかったので、度肝を抜かれて敷居もまたがずにたちつくしていると
「ささ、どうぞ遠慮なくお入りください」と傍らにいる人が手を差し出した。
呆然としたままそちらへ目をやると、歳の頃35、6の半被を着た男がニヤけた顔で立っていた。よくよく見ると差し出された手には、よく切れそうな細身のハサミが握られている。
ぼくは、言葉もなくそのハサミを指差した。ニヤケ男はぼくの指差す先を目線で追って自分の持つハサミに辿りつくと「用心、用心、くわばら、くわばら」と言って、そのまま廊下を引き返していった。
男が消えていった先には天井から赤い提灯がひとつだけぶら下がっており、どうやら階段につながっているらしいが詳細はわからない。
そこで、ぼくはハタと思い当たる。そうだ、ぼくは花火を見に来たんだ。この座敷から見る花火が最高だと話に聞いて、ここを訪れたのだ。
しかし座敷に人はいなかった。
こんな広い座敷でたった一人で花火を見るなんて、あまり気がのらないなと思っていると、また背後から声をかけられた。
「水は満々と湛えられておりますので、どうかごゆるりとご鑑賞くださいませ」
驚いて振り向くと、今度は24、5歳のおかっぱ頭の女性が畏まって立っていた。でも、奇妙なことにその手にはこれまた切れ味鋭そうな大きな鎌が握られていた。
ぼくは、またそれを指差した。おかっぱはまたその指差す先を目線で追って、自分の持つ鎌に辿りつくと「ご用心、ご用心、うしろ、うしろ」といって赤提灯の下に消えていった。
今度来るやつが持っているのは絶対包丁だな、と益もないことを考えながら座敷に入った。
二十歩くらい歩いて部屋の反対側まで辿りつくと、障子を開けてみる。目の前には海か湖が大きく広がっていた。おかっぱが言っていた水とはこのことだろうかと思いながらその場に腰をおろす。
すると、また背後から声がかかった。
「いますぐ膳を運んでまいりますので、しばしお待ちを」
振り返るとそこには70代くらいの好々爺が切っ先の鋭い千枚通しを持って立っていた。予想を見事に裏切られたので、ぼくは思わず「どうして、あなたは刃物じゃないんですか?」と訊いてしまった。変な言い回しだ。
「年寄りには、これが一番です。なにしろ力がいらないもんで」好々爺はそう言って、千枚通しを突き出す格好をしてみせた。なんとも物騒なことをするじいさんだ。
「さっきから気になってたんですが、どうしてみんなそんな物騒なものばかり手に持ってるんです?」
「それについては、のちほど」
言うがはやいが、好々爺はこちら向きのままスルスルと器用に戸口まで下がっていった。猫が鳴く。妙にもの悲しいメロディで猫が鳴く。
窓の外から聞こえる猫の声に応えて、雪が降ってきた。
ぼくは一人花火を待っている。