読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

魂泥棒 その2

おばあさんはニタッと笑うと、人差し指を上に向けてクイクイと手前に折った。こっちへ来いということ

らしい。ぼくは正座をしたまま、両手を使ってすり寄った。

眼前に迫るシワくちゃのおばあさんの顔は正視にたえないが仕方がない。ぼくは縋る思いで、おばあさん

の目をのぞきこんだ。

「おまえさん、心底おびえとるの。そんなに魂泥棒が怖いかね。あいつらにやられると、必ず天国にいけ

るというぞ。それなら死んでも本望じゃろうが?」

ぼくは、大きく首を振った。

「そんなことありません!ぼくには、まだまだやりたいことがいっぱいあるんです。今死んじゃったらこ

れから出るマクドナルドの新製品も食べられないし、大好きな本も読めないし、長澤まさみとHするって

いう野望も果たせないじゃないですか!いろんな音楽も聴きたいし、英語もしゃべれるようになりたいし

アフロヘアにも挑戦したいし、いっぱいやりたいことがあるんです!」

おばあさんはぼくの勢いに圧倒されてたみたいだが、気を取り直して

「おお、そうかい、そうかい。そんなにいろいろやりたいんなら死ぬことは出来んな。それじゃもう一つ

の方法を教えてやろう。しかしこの報酬は高くつくぞ」

「わかってます。お礼はいくらでもします。だから、早くその方法を教えてください」

おばあさんは近づけていた顔をスッと離すと、いきなりぼくの右手を手にとって薬指にかじりついた。驚

く間もなく、この世のものとは思われない痛みがぼくを襲う。逃げようと思っても、おばあさんのくわえ

た指は万力でしめつけられたようにびくともしなかった。あまりの痛さにぼくは声も出せない。ギュッと

目をつぶって心臓を抉られるような痛みに耐えた。

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大きな音をたててぼくの指が解放される。痛みはマシになったが、ジンジンと疼いている。いったい自分

の指がどうなってしまったのか、見るのが怖くてぼくはまだ目を閉じたままでいた。

「ば、ばあさん・・・・いったい何をしたんだ」

「お前の薬指の骨を抜いたんだよ」

「骨?骨を抜いた?なんでまた、そんなことを」

「魂泥棒はな、右手の薬指から魂を盗んでいくんじゃよ。だから右手の薬指の骨がなけりゃ、魂が抜けな

いんじゃ。ちょっと不便だが、死ぬよりマシじゃろ?ブラッドベリの短編にあったように、全身の骨を抜

かれてクラゲみたいになるよりもマシじゃ。まっ、一週間もすれば慣れるじゃろ」

痛みが引き、やっと目が開けられるようになったので、自分の右手を見てみる。薬指だけがブラブラして

てなんだかコンドームみたいになってる。

「さっ、用は済んだよ。さっさと礼をおいて出て行きなさい」

言いたいことは山ほどあったが、ぼくは仕方なく帰り仕度をし、礼をばあさんに渡した。

「おお、えらい払いっぷりがいいねぇ。またいつでもおいでよ。気前のいいお客さんは大歓迎じゃよ」

現金なばばあだなと思いながら、その家をあとにした。出ていくときに、ばあさんの笑顔がなんだかとて

もいやらしい感じがしたのが気になったが、不思議と痛みのなくなった右手を見ながら帰路についた。

船にのって三日かかる大河を渡り、七つの山を越え、近道のために狼牧場をヒーヒーいいながら走りぬけ

迷路の森で五日迷ったあげくに、やっと家に帰りついた。

さっそく左の腎臓に九割分の魂を隠そうと思い、ハタと気がついた。左の腎臓に魂を移す方法をきくのを

忘れていた!ぼくは、またあの魔物みたいなおばあさんに会いに長い旅に出た。

あのばばあ、知ってやがったなと思ったが仕方がない。頼れるのは、あのばあさんだけなのだ。