主人公アキオは半年に渡るアジア放浪の旅から帰国してくる。しかし出迎えてくれるはずの彼女は空港に
いない。そこで彼女の住まいに電話したアキオは、彼女が別の男と暮らしているという事実に直面する。
帰る場所がなくなってしまった彼は旅先で知り合った女性の家に転がりこむことになる。この家は、旅か
ら帰ってきて、行くあてのない人々が集うゲストハウスだったのだが、集う人たちはみな一癖も二癖もあ
る人たちだった・・・。
この古びたゲスト・ハウスはまだ旅の途中のような場所だ。世の中の道理からは孤立し、集う人たちはみ
な世のしがらみから解放されていて自由きわまりない生活をしている。
そこに寝起きし、日々を過ごすうちアキオはいままで気づかなかった自分の存在を強く意識するようにな
る。いつもは体裁よく善人面して如際なく立ち回るもう一人の自分の影に隠れて、隅っこに押しやられて
いる本当の自分。アキオはそんな人間関係を良好に保とうとする偽りの自分に嫌気がさし、人づきあいが
億劫になっていく。旅をしていた間は離れていた現実がリアルに牙を剥く瞬間だ。
大事なことに気づく瞬間は、埋没した日常のあちこちでひょっこり顔を出す。人は意識せずとも常に何か
を探し求めて生きているのである。それは単におもしろいことであったり、自分の利益になることであっ
たり、これからの生き方であったりする。推測の域を出ないが、おそらくアキオは逃避という意味合いも
含めて旅に出たのではないかと思う。本書の中で描かれるかつての恋人マリコは、旅行から帰ってきたア
キオに対してことさら辛辣な態度をとっている。そこには当事者でしかわからない深い意味が隠されてい
たのだと思う。アキオは恋人を振り切って旅に出ていったのだ。アキオ自身はそういうつもりではなくて
も、残された方にとってはそう感じていてもおかしくはない。現実から目を逸らせて半年もアジア諸国を
放浪した結果がこういうことだったのだ。結局、アキオは旅をして大切なことに気づいたのだが、とても
大きな回り道をしていたのではないだろうか。しかしそのリスクは彼の若さが取り戻してくれるはずだ。
彼の旅の終わりはそういう結果で終わったのだ。
ダラダラと書いてきたが、以上はぼくが勝手に想像したことであって、物語の真意がどうだったのかはわ
からない。物語の中の描かれなかった部分を自分なりに補った結果がこういうことだったというわけだ。
おもしろいから、あれよあれよという間に読み終わってしまうが、久しぶりに本を読んで背景にまで入り
込んでしまった。こういうことはあまりない。どうやらまた気になる作家が増えたようである。