貫井徳郎最新刊は短編集だった。それも5編の短編すべてが海外を舞台にした異色短編集だ。
収録作は以下の通り。
◆ 「ミハスの落日」
◆ 「ストックホルムの埋み火」
◆ 「サンフランシスコの深い闇」
◆ 「ジャカルタの黎明」
◆ 「カイロの残照」
ご覧の通り、世界各国が舞台になっている。あとがきによると、貫井氏本人が作品の舞台となった国に取材旅行に行ってるとのこと。作品ごとに書かれているそれぞれの国での観光記が微笑ましい。
表題作の「ミハス」はスペインの観光地らしい。ぼくはこの地名初耳だった。ここで語られるのは密室殺人である。三十年前に起こった密室殺人の謎が明かされる。はっきりいってこの作品のトリックはバカミス街道まっしぐらという感じなのだが、作者自身もそのことは充分心得ていたみたいで、肉付けとしてスペインの地を選び異郷物としての飾りをもって作品の完成度を高めたとのこと。確かにトリック自体はたいしたことないが、物語としては充分おもしろかった。しかし「後期クイーン問題」を作者なりに解釈してこの作品で取り上げたとのことだが、ぼくにはよくわからなかった。この問題については法月氏のほうが専門でしょ?
「ストックホルム」にはやられた。このトリックがつかわれているとは気づかなかった。まったく、してやられた。扱っているテーマもストーカー物なので、グイグイ引っ張っていかれた。それにしても、これは上手いなあ。途中死体の描写で、ん?と思ったのだが、とにかく波にのせられて読み進んでしまい、突きつけられたのが、この真相だった。やってくれるねぇ。それに、ラスト一行のサプライズ。そうかー、こういうことだったのか。ミステリファンの遊び心をくすぐる、心憎い演出だった。
「サンフランシスコ」は、本書の中で唯一のシリーズ物らしい。「光と影の誘惑」に収録されている作品らしいが、そちらは読んでないので誰が主人公なのかは不明だ。ここで描かれるのは保険金殺人。夫を三度も亡くしている美貌の女性が登場する。いったい彼女は保険金目当てで殺人を犯しているのか?それともこれはありえないことではない偶然が重なったものなのか?事の真相は、それほど驚くべきものではないのだが、なかなかおもしろかった。
「ジャカルタ」では、娼婦連続殺人が描かれる。なるほど、そうきたかという感じだ。作者のミスリードは見え見えなのでそっちは違うだろうと思っていたが、ぼくの見当はうまく外されてしまった。しかし、それによるサプライズはあまり感じなかった。それは日本人観光客のトシの存在によるところが大きい。いったいこの人物は誰なんだ?なんか含みをもたせた描き方だったが、ぼくにはわからなかった。
「カイロ」は導入部ですでに結果が語られている。そこから掘り起こして事件の顛末が語られるという構成だ。ぼくはこういう書き方が案外好きなのだ。最初に戸惑わせておいて、読者に先制攻撃を仕掛けておくというあざとさが大好き。でも、この主人公少し馬鹿すぎない?普通、気がつくでしょ。でも、カイロが舞台になってるから、それだけで読まされてしまう。
これなら、翻訳嫌いの人でも気軽に読めるのではないだろうか?いくら海外を舞台にして、登場人物を現地の人に設定したとしても書いているのが日本人なら、やはりそれは日本の小説なのだ。そこには、翻訳物に付きものの独特の雰囲気は感じられない。どうか安心して読んでいただきたいと思う。