読書の愉楽

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福澤徹三「廃屋の幽霊」

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 本書は、純粋な怪異譚ばかりを集めた短編集である。全部で7編収録されている。

 どうもこの人の書く怪談は、あの世とこの世を幻想で味付けしてしまう傾向があるようだ。

 怪異をストレートに描かず、そこに境界をボカした曖昧な領域を設けて読者を煙に巻く。ラストに至って反転する構造も少なくなく最初は驚いていたが、それが続くとまたかと思ってしまう。

 しかし、読んでしまうのだ。この人の描写は独特で、恐怖を盛り上げる描き方には一目置いている。

 たとえば「庭の音」を読んでみよ。退職勧告により会社を辞めた四十過ぎの主人公は、社宅を出るかわりに借家に住むことになる。職を失いハローワークに通う主人公は気散じのつもりでノートに日記のようなものを書いている。梅雨に入り毎日雨が降り続く。じめじめした空気が身体に纏わりつく。気がつくと家の中に様々な虫がはいりこんでいる。ハサミムシ、ナメクジ、ムカデ、ゲジゲジ、クモ。掃きだしたり、殺したりしてその都度始末するのだが、毎日家に入り込んでくる。ハローワークに通っていても条件に合った仕事は見つからず、妻も娘も自分を蔑ろにしてくる。やがて夜中に庭の方で音がするようになる。目覚めて見に行っても何もない。主人公はだんだん夜眠れなくなり、生活のリズムが逆転するようになる。日常に浸透してくる微かな不安。正常と異常の境界があやふやになり、衝撃的なラストを迎えることになる。

 「不登校の少女」は、急な父の逝去から人が変わってしまった少女が主人公。なんにも意欲をみせず、誰とも口をきかない少女。見かねた担任が相談にのると幽霊に殺されると言う。これは変格の怪談だ。ラストで怪異が見事な変貌を遂げる。

 「春のむこう側」は、水商売という俗世的な舞台でおもいもよらない怪異が描かれる。夜の世界とそこに蠢く住人たち。華やかな舞台の裏側が詳細に描かれ男と女、酒と金が絡んだ生臭い話が展開される。ラストは少し弱いが、恐怖の根源がわかる過程はおもしろい。ヒタヒタと迫り、突然襲いかかる恐怖が秀逸。

 福澤氏の描く怪異には、個人的な怨恨のようなドロドロした因縁が皆無である。物語の主人公たちは、下地もないのに怪異に見舞われる。すべてがそうではないが、そういう話が多い。

 だから、恐怖は唐突に訪れる。なんか変だ。どこかおかしいぞ。でも、まさか・・・。身におぼえのないことだから、主人公たちは大きく呑まれてしまう。どうにもできない。

 現実の怪異は、物語に決着がつくことはない。不可解なものは不可解なまま。不可視の領域は、こちら側の人間には見ることができないのだ。氏の作品にはその雰囲気があふれている。だから気持ち悪い。しっくりこない。そういった部分では、他の追随を許さない。

 しかし、最初に書いたようにパターン的に同じものが多いのも事実だ。ここらへんが今後の課題なのかもしれない。でも、それがわかっていてもまた読んでしまうんだろうけど。