読書の愉楽

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皆川博子「風配図 WIND ROSE」

風配図 WIND ROSE

 

  週末、金沢に小旅行に行ってまして。その行き帰りのサンダバードの車内でほとんど読み切りました。だから、この海を舞台にしたまったく未知の世界の物語を、風情も何もあったものではありませんが、ぼくも旅情を感じながら読んでいたわけなのでございます。
  
 舞台となるのは、12世紀頃のバルト海。まあ、ピンとこないよね?まったく馴染みないもの。同時代、日本は平安から鎌倉時代に代わる頃、物語の始まりの場所となるゴットランド島のヴィスビューは、宮崎駿が「魔女の宅急便」の舞台の町並みのモデルとしたところっていう情報がもっとも馴染み深いかな。

 ゴットランドはスウェーデン領で、現在のフィンランド、ロシア、エストニアラトビアリトアニアポーランド、ドイツ、デンマークに囲まれたバルト海に浮かぶ島。かつてはヴァイキングが蔓延っていた北欧の交易主要地。

 よくまあこんな舞台設定で物語を紡いだなと、心底驚くのである。皆川博子、御年94ですよ?これ書かれたのも90にはなっていたわけでしょ?すごいよね。でも、これがこなれた読みやすい物語なのだ。といってもあまりにも馴染みない世界の話だから、最初はとまどうかもしれないが、富商たちが、交易のやりとりをしだす戯曲部分くらいから、どどーっ!と物語にのめりこむこと必須であります。

 あ、いま戯曲と書いたけど、皆川刀自この最新作でなかなかおもしろい試みをされていて、要所、要所で物語が戯曲形式で進められるのである。舞台の演出とともに、各人のセリフとト書きによって物語が進められてゆくのである。こうすることによって、戯曲場面はまったく独立した神の視点的な位置づけになる。その他の小説部分についてもおもしろいことにこの物語の主人公であるヘルガの視点で語られる部分はほとんどなく、語り部は別にいるというのもなかなか憎い演出だ。

 こうすることによって風向きが変わる。あちらから吹く風、こちらから吹く風、そしてバルト海に吹く風も相まって、小粒なのだがしっかりした盤石の物語が紡がれる。「風配図」というこれまた馴染みのないタイトルの意味合いはこんなところからきているのかもしれない。