読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

黒川博行「果鋭」

 

果鋭 (幻冬舎文庫)

 これ、シリーズの三作目だって。いわゆるバディ物なんだけど、出てくるのは度が過ぎて大阪府警のマル暴から追い出された堀内と伊達の二人。元マル暴だけあって、ヤクザでも鉄砲玉でもこわいものなし。いや、怖いんだろうけど、度胸が並大抵じゃない。

 競売屋としてリスタートしている伊達に誘われて脅迫を受けているパチンコ店のオーナーを助けるためにバディとなる堀内。しかし、それが単純な話にはなるわけがない。昔の刑事のカンで、事態の終息に努めようとする二人だが、捜査(あえて捜査といおう)を続ける二人の前にあらわれる数々の難局。だが、昔取った杵柄ゆえそれをものともせず派手に立ち回る二人。いやあ、頼もしい。てか、ちょっとやりすぎ(笑)。

 そりゃあね、元マル暴なんだからヤクザ顔負けなのはわかるけど、犯罪に手染めちゃダメでしょ。でも、そんな無茶苦茶なことやりながら、事態はなぜか終息に向かっていく。いや、普通なら、タダじゃ済まないっての!こんなことしてちゃ、命がいくつあっても足らないっての。

 そういうとこ、いってみればドラマツルギーにのっとった、見栄え重視の数珠繋ぎ展開みたいなもので、読んでるほうは、面白いからどんどんページを繰ってしまうってわけ。でも、それってほとんどファンタジーといってもいい展開なんだけど、そこは作者の黒川氏が綿密な取材でもって物語を破綻させずにリアリティを持たせているから、均整がとれてるんだよね。

 だから読んでいるほうも、安心して身を任せられる。物語世界にどっぷりつかって、読了時には、まるでヤクザ映画を観たあとに映画館を出た時のような高揚感にとらわれているのである。

 いやあ、おもしろい。なかなかにしたたかなクライムノベルであります。

舞城王太郎「畏れ入谷の彼女の柘榴」

畏れ入谷の彼女の柘榴

 まっとうだ。至極まっとうだ。突飛で(身に覚えのない子を授かる妻、言葉を話す猿、人の形をしてやってくる心残り)あまりにもブッ飛んだ設定の中で描かれるのは至極真っ当で、普段何気なくあまり気にもとめずに、思考の惰性で処理している事柄や、物事の本質をとことん突きつめた解釈だ。それぞれの奇妙なシチュエーションの中で展開するロジックに舌鼓。

 舞城くん、冴えわたってるわー。好き好き大好き超愛してる

 いやいや、なんのこと?って思ってしまうよね。何をそんなに舞い上がってんの?って。

 でもね、やっぱり舞城くんの小説読むとテンション上がっちゃうんだよねー。なんか、普段見過ごしている、ていうか極力考えないようにしている世の中の理(ことわり)や、人との付き合いの中で重きをおくポイントや、サンデル教授が取り上げそうな正義の話的な共通善意識なんかが、ポンポン頭に浮かんでくる。それは、刺激であって、起爆剤であって、活力そのものだ。

 ここには偏見も差別もない。人として真っ当に生きる道が示されている。福井弁のどこか暢気で遠いけど馴染み深い言葉のリズムにのって、ぼくたちは、思考の海に漕ぎだす。

 舞城くんの本を読んだことのない人に是非ともこのグルーヴと優しさを感じて欲しい。ぼくたちは、多かれ少なかれこういうことを頭の中で処理しているはず。だって、それが人間だもの!

「シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選」

シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選 (竹書房文庫)

 めずらしいよね、イスラエルSFだって。馴染みがないものだから、やっぱり身構えちゃう。で、最初の「オレンジ畑の香り」を読んで、う~んてなる。なんかとっつきにくいし、視覚に訴えるインパクトもなければ、ストーリーテリングのおもしろさも薄い。でも、せっかく買ったし、こんな分厚い文庫、最初の一編で見切りつけちゃいかんよなと気を入れなおして次にすすむ。「スロー族」ね。これは、まだとっつきやすかった。でも、さほど印象に残らない。次の「アレキサンドリアを焼く」は、ぼくの知っているあのアレキサンドリアのことですよね?と読みすすめる。これは、なかなか良かった。サスペンスもあり、クイクイ読めた。で、四編目の「完璧な娘」で完全にもっていかれる。
 これはおもしろかった。まあ、興味を無理やり惹いている強引さはあるが、それでもおもしろい。新人類と、死者の記憶。そこに普遍的なテーマが絡んで印象深い。ここまできてやっと本書を最後まで読み通そうと固く誓った。

 あとは、するすると読み進めていったわけなのだが、特に印象に残ったのはまるでブッツァーティの不条理物の傑作「なにかが起こった」のその後を描くようなディストピア物の「夜の似合う場所」、SFというよりはファンタジー色の濃い「エルサレムの死神」、ドラマを観るような軽快な運びでドタバタ調のひと騒動を描く「ろくでもない秋」、過去の有名SFがそのまま現実になってしまう、ワクワクするのに背筋の寒い「立ち去らなくては」かな。

 なんかイスラエルSFなんて大仰にいわれると身構えちゃうけど、案外馴染んでくるね。ぼくにとって、ていうか大抵の日本人にとって遠い国の見知らぬ土地での話って思っちゃうけど、なかなか楽しめました。SFが苦手な人でも、いけるんじゃないかな?

伊吹亜門「幻月と探偵」

 

幻月と探偵 (角川書店単行本)

 まったくもって正統派のミステリであり、最後の最後まで謎の真相がまったくわからないという点で見事な構成。でもね、犯人が誰かは案外はやくから見当つくんだけどね。ま、これは本書を読んだ人のほとんどがそうだろうし、それは作者もわかって書いていると思う。

 しかし、この動機は気づかなかった。ていうか、この動機の原動をにおわせる描写や、強い反証があればもっとこちらの胸に響いてきたのではないかと思うんだけど、言い過ぎ?

 舞台は、大戦前夜の満州。探偵である月寒三四郎にある筋から依頼が舞い込む。退役した元陸軍中将・小柳津義稙の孫娘の婚約者が急死したのだが、殺された可能性があるというのだ。調査に乗り出した月寒の前に満州に巣くう魑魅魍魎がたちはだかる。

 最初にも書いたが、本書は非常にオーソドックスなミステリなのだ。事件が積み重なり、その中心にある誰がなんのためにという真相にたどりつくまでの丹念な道程を描いている。有能であるはずの探偵は、なかなか真相に到達できず、何人もの人が死んでゆく。まるで金田一耕助じゃないか。だが、本書の月寒は、少し個性が足りない。あまり目鼻立ちもよくわからない。その点が少し残念かな。

 しかし、時代の雰囲気と、それに則した物語の陰影がページを繰る手をはやくさせる。質実で手堅い印象を与えるミステリなのだ。

鈴木智彦「サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う」

サカナとヤクザ ~暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う~ (小学館文庫)

 

 何が儲かって、どれくらい儲かって、リスクはどれくらいで、それを天秤にかけたら、それはやるべきことなのか、そうじゃないのか。

 人は、生きていく上である程度のリスクは背負える分だけを自分の中で処理している。見込みというか、言い方を変えれば先行投資ともいうのかな?しかし、それは社会規範に則したルールのもと施工されてゆく。

 危険を冒して規格外の儲けを得る。命や社会的地位など、様々な失くしてはいけないものを危険にさらして、莫大な財を得る。そういう道を敢えて選ぶ人がいる。

 本書は、日本独特の発展をみせた漁業とそれに群がるヤクザを綿密に取材したルポである。本書を読むと、漁業とその筋の人たちが密接に関わりあっていたことがよくわかる。

 しかし、この問題は根深い。魚を獲ってたとしても、それを買って加工する者がいて、その加工したものを商品として売る者や提供する者がいて、それを買って消費する者がいるという図式が成り立たないと、儲けはうまれない。ということはですよ、あなた!われわれも、その片棒をかついでいるってことじゃないですか?でも、そんなことがわかったところでカニやウニやウナギやアワビなんてご馳走を一切食べないなんてことできますか?いやいやできないよね。

 すべてがそうでないにしても、また、そういう商品が流通しないようさまざまな試みがなされ法改正なんかも進んでいるらしいが、それでもこういった必要悪的な大きな歯車は止められていないのが現状だ。不正は不正として、断固として取り締まらなきゃいけないというのは建前だが、そういったとめることができないうねりを見過ごしてゆくのにも違和感をおぼえる。かといって、個人の見解で改められるものではないし、こういうことを知るということが本を読む意義なのだとはわかっているが、いやはや、知って良かったのかどうか、いまでも?なのだ。

 上記のことに関係ないけど、本書の著者の文章はところどころ気になるところがあった。ストンと落ち着かない文章というか、なんか居心地悪いんだよね。

松田青子「女が死ぬ」

 

女が死ぬ (中公文庫)

 この人「スタッキング可能」が話題になったとき、読みかけて合わないなと思ってやめたんだよね。でもね、やっぱり女性作家でこういうちょっと変わった感性の作家さんて気になってしまうのだ。掌編集だから読みやすそうだしね。

 読んでみて感じたのは、女性としての生き辛さ、すぐには解決できない永遠のテーマ。女性なら大抵の人は、ひととおり体験するだろう様々な問題。そういったものが、念を籠めて描かれる。そのことを、男性のぼくがこうやってなんの衒いもなくここにこうして作者本人の意図も確認せずに、感じたまま書いてもいいものか?とひとまず立ち止まってしまうけど、やはり感じたことはストレートに、シンプルにそのまま解釈を間違っていたとしても書いたほうがいいのだと自分に言い聞かせて書こうと決心するほどに切実である意味深刻だ。

 男性が女性に求めるもの。自然と行われているけど心に澱となって溜まっていく日常の営み。世間という大きな仕組みの中で孤立させられてしまう焦燥。それが当たり前だと誤解されている男性目線の常識。よかれと思われていることが痛めつける大きな鉈になるという恐怖。言い寄られ、妬まれ、期待され、誤解され、勝手に傷つかれ、それに対応しようとして、笑顔が凍りつき、態度が改まり、不安と怒りが混在し、どうしようもない境遇に涙する。女らしさって?勝手に求めて理想を作りあげないで欲しい。社会のルール?一般常識?そうあるべき、あなたの頭の中にいる女性は私じゃない。

 こういったことも男性であるぼくが独断と偏見で勝手に親切めかして曲解しているだけなのかもしれない。だってぼくは女性じゃないから、女性自身のことは心底から理解できているわけじゃないだろうから。こうやって、このことに改めて目を向けるとフェミニズムっていう思想自体、男が主体のものだと思うし、男女同権なんていうバカバカしい主張もまかり通っているだけで誰も心の底からそう思っていないんだと思うのである。

 なんてこと書いてきたけど、そういった話ばかりでもないからね。底に流れるテーマがそれであったとしても、ここには五十三の本音と理想と諧謔と可愛らしさがブレンドされた光を与えてくれる掌編が詰まっている。ご賞味あれ。

米澤穂信「黒牢城」

黒牢城 (角川書店単行本)

 米澤氏の作品は、そんなに多く読んでいるわけじゃないけど、ミステリへの並々ならぬ意気込みと世界文学へ通じる小説への深い造詣が印象的な作家だと常々感じていた。

 発表される作品は、一応チェックしていて純粋なミステリだけではなく、そこにファンタジーを掛け合わせたハイブリッドを書いて成功したなと思っていたら、今度は時代物とミステリの融合だというではないか。ほんと、意欲的な書き手だよね。

 で、本書なのだがこれが読んでみれば素晴らしい作品で、時代物の縛りもなんのその、史実と虚構のミステリを無理なく、むしろ自然に合わせてあるのに舌を巻いた。描かれているのは織田信長に謀反し、約一年間有岡城に立て籠った荒木村重の籠城戦の顛末である。驚くのが、この戦国時代でも特別異様な状況である籠城戦という閉鎖空間を舞台に選んだ巧みさだ。この異空間にミステリのなんとマッチングすることか!

 籠城という体力的にも精神的にも追い込まれる状況。その中で生まれる緊張、疑心、恐怖。およそ現代の我々の常識とはかけ離れた戦国時代の中でも、特別限られた空間の中で起こる事件は、異様であるがゆえの様式美をまとい、健全なロジックを浮き立たせる。

 また、探偵役にこれまた史実をふまえた人物として、あの有名な智慧者、黒田官兵衛を配し安楽椅子探偵として機能させる周到さと、その自然な流れ。さらに、連作短編ミステリとして通読することによって、最終的には全体を集約する大きな伏線処理がされるという構成の妙。これは、風太郎が「明治断首台」でも試みてたし、ミステリとしては常套なのだが、これを時代物の縛りの中で成立させてしまうのは、なかなかの試みだ。

 というわけで、久々の米澤ミステリしっかり堪能いたしました。