読書の愉楽

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解説「ジョイス的」

 今回の夢記事は、ジェイムズ・ジョイスの「ユリシーズ」に触発されて、少し真似事をしてみようと無謀な挑戦をした結果の産物なのであります。だから本来なら「ユリシーズ」と同じように訳注をつけて書くべきなのだけれども、前回のアップ時には書くだけで力つきてそこまで手が回らなかった。よって異例なのだが、この記事で少し解説しようと思う。以下の文章は前回アップした「ジョイス的」と同文なのだが(注)をつけた。これがこの文章を読解する助けになれば幸いである。なんちゃって。


 (注1)ジミー・ペイジのことはあまり好きじゃない。(注2)長い髪と尖った鼻が魔女のようで気味が悪い。ただそれだけのことで人の嫌悪は決まってしまったりする。

(注3)同様に些細なことが理由で物事の成否も決まってしまう。なんだ、ここは。(注4)虫が多いな。それに(注5)力の抜けてしまった身体は重くて仕方がない。昨日は、そうだ(注6)サンクスギビング・デーだったな。(注7)あのターキーはまずかった。(注8)あれも理由だ。あんな不味いもの作りやがって。あ、あれは(注9)オリオンか。今日はやけに空気が澄んでいる。さそりの毒にやられた巨人か。あの星座だけはぼくにもはっきり見分けられる。あと(注10)カシオペヤも。カシオペヤといえばアンドロメダの母親だったな。ここでまたポセイドンの登場だ。オリオンもカシオペアも(注11)ポセイドンつながりか。(注12)痛っ、枝が当たった。切れたかもしれない。そういえば、(注13)三つのときに引っかかれた猫の爪痕はずっと残ったままだ。(注14)どうして痕の残らない傷と残る傷があるんだろう?同じ切れた傷でも刃物で切った傷は断面がきれいだから残らずにふさがるんだろうな。猫の爪の傷は引き裂いているからきれいにつながらないんだ。じゃあ、いまの枝でこすれたところも傷痕で残ってしまうんだろうか?

 (注15)こんな靴でくるんじゃなかった。あまりにも無謀すぎた。(注16)ぼくは衝動で動いているところがあって、考えるより先に身体が動いちゃってるからいつも損してるんだ。だから、こんなことをする羽目になってしまった。さっきからずっと頭ん中で聴こえているこの歌はなんだっけ?(注17)カーペンターズピンクフロイドニルヴァーナ?いやいやいやいやいや、違う違うビートルズだ。(注18)You Never GiveMe Your Moneyだ。(注19)ぼくがキスしたときに店でかかっていた曲だ。(注20)店員が怒ってた。(注21)黒い服。(注22)モリーは、いつも泣いてた。陽気な性格なのに。ぼくはいつも泣かしてた。それが、(注23)こんな姿になってしまって・・・・・。  みんなどうしてるんだろう?ぼくにできるかな?でもやらなきゃいけない。ぼくが殺してしまったんだから。モリー、こんなに重い。(注24)どうして殺しちゃったんだろう?
 ああ。やっぱり山は寒いな。(注25)なんか濡れてる。死んだら、身体から漏れてくるのかな?モリー、ごめんよ。花を添えてあげるからね。

 

(注1)ジミー・ペイジ  ロックギタリスト。伝説のロックバンド「レッドツェッペリン」のリードギター。本文の主人公は車で移動中にレッドツェッペリンの曲を聴いていたらしい。

 

(注2)長い髪と尖った鼻 魔女もそうだが、メルヒェンに登場するエルフなども同様の特徴を持つものが多い。本文の主人公はこのような形容から狡猾で冷たい印象を持つらしい。いわゆる偏見である。

 

(注3)同様に・・・しまったりする。 ことさら論理的に物事を推し進める思考は、自身の行為を正当化する一種の防衛本能である。このことが何を指すのかは後段に出てくる。

 

(注4)虫が多いな 後述でもわかるが、本文の主人公はいま山の中にいる。

 

(注5)力の抜けてしまった身体 主人公が抱えているのは死体である。

 

(注6)サンクスギビング・デー アメリカで行われる感謝祭。起源は1600年代にアメリカに移住してきたイギリスの清教徒ピューリタン)に由来する。このことから本文の主人公はアメリカ人だということが察せられる。

 

(注7)あのターキーは・・・ 感謝祭では詰め物をしたターキー(七面鳥)を食べる。

 

(注8)あれも理由だ 主人公が殺人を犯した一因。

 

(注9)オリオン 冬の星座。誰でも見分けがつく有名な星座でもある。ギリシャ神話では巨人オリオンは海神ポセイドンの息子だったが、乱暴者だったため母神ガイアがさそりをつかいその毒針で刺し殺したという。

 

(注10)カシオペヤ これも星座の中では誰でも見分けがつく有名な星座。カシオペヤはエチオピアの王妃。娘であるアンドロメダの美を讃えたため海神ポセイドンの怒りをかい、それを鎮めるためにアンドロメダ姫をクラーケンに生贄として捧げなければいけないという神託にしたがう。それを救うのがペルセウスである。

 

(注11)ポセイドンつながりか 以上のことから、主人公はポセイドンがどちらにも登場することに思い至る。
 
(注12)痛っ、枝が当たった。 主人公は死体とスコップを運んでいるため両手がふさがっている。

 

(注13)三つのとき・・・残ったままだ。 主人公は1972年の4月に親戚の家で猫と遊んでいた際、あやまって尻尾の上にのってしまい逆上した猫に顔を引っかかれてしまう。このときみんながあまり心配してくれなかったことが心に残り、後の彼の性格に暗い影を落とすことになる。これもいってみれば『些細なこと』である。

 

(注14)どうして痕の残らない傷と・・・ ここでも主人公は論理的な思考に寄りかかろうとしている。これも一種の現実逃避のあらわれ。

 

(注15)こんな靴で・・・ 主人公が履いているのは革靴。彼は感謝祭の盛装のまま死体を運んでいる。

 

(注16)ぼくは衝動で動いているところが・・・ 主人公は自分の性格を振り返る余裕も見せている。だが、この述懐が予防としてはたらくことはない。

 

(注17)カーペンターズ・・・ ここで主人公が挙げるバンド名は音楽性がてんでバラバラである。一つの曲に対してこれほど曲調の違う候補をあげることはまずない。このことからもわかるとおり主人公は無理やり思考することで現実を見すえることから逃げようとしているのである。

 

(注18)You Never GiveMe Your Moneyだ。 ビートルズのアルバム「アビー・ロード」に収録されている曲。この曲からB面メドレーがはじまってゆく。ポール・マッカートニー作曲の特徴がよく出た曲で、何曲もの違う曲がひとつになったかの印象が残る。
 
(注19)ぼくがキスしたとき・・・ 1985年主人公は初めて彼女を伴い隣町のダイナーで初キスをする。

 

(注20)店員が怒ってた。 店の中でキスをすることについて注意を受けるというのはアメリカの中でも戒律の厳しい南部地方での出来事であろう。このことからも主人公がいわゆるバイブルベルト地帯で生まれ育ったのだと推測される。

 

(注21)黒い服 不詳。

 

(注22)モリー ジェイムズ・ジョイスユリシーズ」の主人公の一人レオポルド・ブルームの妻の愛称と同じ。本名はマリアン・ブルーム。作者は確信犯的にこの名を使っていると思われる。ちなみに「ユリシーズ」の最後の章は彼女のYesにはじまりYesに終わる長い途切れ目のない独白で終わる。

 

(注23)こんな姿に 死体。

 

(注24)どうして殺しちゃったんだろう? 主人公がモリーを殺したのは自発的、衝動的、刹那的、快楽的、暴力的、瑣末的事柄ゆえのことである。そのことは本人が一番よく理解している。この述懐はいくぶん虚偽的である。

 

(注25)なんか濡れてる 死後の自己融解により組織や細胞が分解され死体のあらゆる部分から液体が染み出してくる。