本書は実際にあった三つの事件を取材した、ドキュメントである。
にもかかわらず本書を読めば、背筋の寒くなる恐怖に満ちているのはどういうことか?特に、前の二編は凄まじい。「闇に駆ける猟銃」は、あの津山三十人殺しを題材にしている。「八つ墓村」でも有名なあの事件が、清張の詳細なルポとして淡々と描かれる。彼はあったことのみを細かく積み上げて、事件を再構築していく。そしてそこに自身の犯罪心理における推理をおりまぜていく。これが、実際そうだったに違いないと思ってしまう巧みな推理で、清張の人間心理の洞察の深さに舌を巻いてしまう。これにくらべて島田荘司の「龍臥亭事件」は、とってつけたような感じでこの事件が膨大に語られ、いささか興を削ぐ。この事件に興味のある方は、筑波昭の「津山三十人殺し―日本犯罪史上空前の惨劇」という本が新潮文庫から出ているのでオススメいたします。といってもぼくも読んでないのだが。あと、ぼっけえ、きょうてえの岩井志麻子も 「夜啼きの森」というこの事件を扱った小説を書いてるそうです。これも読んでないな。とにかく、清張の「闇に駆ける猟銃」はぼくに強烈なインパクトを与えました。しばらく悪夢にうなされたくらいです^^。
「肉鍋を食う女」も、昭和二十二年に長野県で起こった事件を描いている。タイトルから察っせられると思うがこの事件は継娘を殺害し、その肉を山羊の肉といって三人のわが子らと食べてしまったという事件だ。人肉を食う話なら浦賀や佐藤などのメフィスト賞作家でもおなじみなのだが、ここで描かれるのは実際にあった事件である。背筋が寒くなるのは犯人の天野秋子が、継娘を殺害するときに「トラや、トラや」と継娘の名を呼ぶ場面である。娘は殺害されることも知らずに無邪気に近づいていく。この一瞬の狂気が恐ろしい。魔がさしたなんて生易しい言葉では表せない戦慄がある。なお、カニバリズムを描いた作品に興味をもたれた方はちくま文庫から七北数人編『猟奇文学館3 人肉嗜食』という本が出ているのでオススメする。
収録作品は
村山槐多 「悪魔の舌」
中島敦 「狐憑」
生島治郎 「香肉(シャンロウ)」
小松左京 「秘密(タプ)」
杉本苑子 「夜叉神堂の男」
高橋克彦 「子をとろ子とろ」
夢枕獏 「ことろの首」
牧逸馬 「肉屋に化けた人鬼」
筒井康隆 「血と肉の愛情」
山田正紀 「燻煙肉のなかの鉄」
宇野鴻一郎「姫君を喰う話」
以上11編である。この猟奇文学館シリーズは1が『監禁』2が『獣姦』を扱っていて、なかなか濃くエキサイティングなセレクションになっている。かといってエログロなのかというと、そうでもないのである。なかなかすばらしいアンソロジーだ。
上の二編にくらべてラストの『二人の真犯人』は、いささかインパクトが弱い。大正時代におきた殺人事件の真犯人が二人も出てきてしまったという変わった話。あんまり印象に残ってない^^。
というわけで、この本詳しく紹介した二編を読むだけでも価値ある一冊と言えるだろう。興味のある方はぜひ。