読書の愉楽

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荒山徹「大東亜忍法帖」完全版

 

大東亜忍法帖【完全版】

 

 ようやく、ようやくこの作品が完全版として復活した!どこかが必ずちゃんと読めるように刊行してくれるはずと信じてよかった。なんとなれば、本書は上巻が2016年に刊行され、その三ヶ月後に下巻が刊行される予定だったのが、突然出版社からの結末の改変要求があり、それを作者がよしとしなかった為、下巻が刊行されないという異例の結果を招いたのである。

 大元の黒幕、この物語の元凶となった犯人の書き換えを要求されたのだそうだ。その経緯については本書のあとがきに詳しい。そんな不遇を得た本書がやっと一冊にまとまって電子書籍として読めるようになったのである。ぼくは紙の本で読んだんだけどね。  

 で、内容なのだが本書はあの風太郎の傑作忍法帖魔界転生」の本歌取りなのである。死から蘇らせた剣豪をつかって幕府転覆を目論む森宗意軒、由井正雪紀伊大納言。そして、それを阻止せんとする柳生十兵衛風太郎の物語構築の到達点ともいうべきサスペンスの横溢した、寝食を忘れるくらいおもしろいこの本家をいったいどんな方法で本歌取りしたのか?  
  
 本書は、幕末から明治にかけての時代を舞台としている。今回名だたる剣豪たちを蘇らせるのは、山田一風斎という陰陽師。擬界転送という術をつかって彼が死から蘇らせる剣豪は、千葉周作、男谷精一郎、伊庭軍兵衞、土方歳三近藤勇、沖田荘司、大石進、田中新兵衛河上彦斎、物外不遷、坂本龍馬岡田以蔵の十二人。といっても、ぼくはこの中の四人は初めて見る名だった。まだまだ知らないことが多いな。ま、「魔界転生」のときも田宮坊太郎と宝蔵院胤舜の二人は初めて接する名だったんだけどね。これらの剣豪をつかって企てられるのは…ま、それは書かないでおこう。

 で本家と同じようにゲームのルールが決められ、これを迎え撃つことになる。柳生十兵衛の役を担うのは千葉周作の姪であり、伯父も父も兄をも凌ぐ剣の達人千葉佐那。これらみんなが実在の人物なのだから驚く。でもね、これが思ってたのと違う感触だったんだよね。なんか思いの外お笑い要素が多くてビックリした。あの本家の巧みなプロットがまねく強烈なサスペンスが影をひそめ剣豪衆も風太郎の描く魔人のような妖怪めいた怖さがなくて、みんなで一緒に温泉に行ったりして、まったく緊張感ないんだよねー。それでも、ラスト近くでは、色々ピタピタとパズルのピースが嵌まっていく快感は味わえたけどね。

 でもでも、全体的にやっぱりサスペンスが少なく緊張感がなかったのが少々不満だったでチュウ。