読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

三羽省吾「厭世フレーバー」

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この人の描く世界は、なんとも魅力的だ。前作の「太陽がイッパイいっぱい」もかなり良かったが、本作

はまた違ったテイストながら、こちらも花マルあげたいくらい良かった。

今回は『家族』がテーマである。それもちょっとワケありの普通でない家族だ。リストラされた父親が失

踪した家庭には5人の家族がいた。陸上だけが取り柄の中学生ケイ。父親の失踪に合わせるように家に寄

りつかなくなってしまった女子高生のカナ。いなくなってしまった父親の役を肩代わりし、急に家長とし

ての自覚をもちはじめる27歳のリュウ。典型的なキッチンドランカーになって、家事もほとんど放棄状

態の薫。最近とみにボケがひどくなったおじいちゃんの新造。

本書は、そんな家族五人のそれぞれの視点で話が進められてゆく。正直ケイとカナの第一章、二章を読ん

でる時点では、おもしろいのだが前作ほどではないかなと思っていた。だが転機は第三章のリュウが語り

手になったときに訪れた。ここで話は大きくうねる。作者の本領発揮という感じだった。アイドル状態だ

ったのが、いよいよ始動開始という感じだ。第一章で棚上げだった事柄もここで思わぬ方向から解明さ

れ、章の終わりではささやかで笑ってしまうサプライズもおきる。続く第四章の薫のパートでは、失踪し

た父親との馴れ初めが綴られる。ここは笑ってしまった。おおいに笑ってしまった。そしてラスト、ボケ

老人の新造がトリを務めるのだが、ここへきて物語は一挙に深く深く心に食い込むことになる。ここで語

られる新造の生い立ちがホント読ませる。トーンまでがガラリと変わってしまう。この家族はほんとワケ

ありなのだ。普通じゃない。こんな家族にはそうそうお目にかかれない。ゆっくりと明かされる新事実に

は、悲劇の匂いが付きまとっている。にも関わらず、やはりこの作者の手にかかればそういう物語も一転

して暗さの欠片もない明るい世界になってしまうのだ。

本書はハッピーエンドで幕を閉じる。いいね、いいね。これだから好きなんだ。卓越したユーモア、悲し

いはずなのに明るい世界、ポジティブな波がどんどん押し寄せてくる。三羽さん、読み終わった瞬間に次

の作品が待ち遠しくなってしまいました。はやく新作書いてください、シルブプレ。