読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

多岐川恭「濡れた心」

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青春期のもどかしさ狂おしさつのる思いというものは誰でも通過儀礼として経験しているものである。

恋愛にしろ、人間関係にしろ、一時期のそうした暗中模索の期間を経て人は成長していく。

子供から大人へ変わるイニシエーションとしての痛みを感じて傷つき、修復して大きくなっていくわけ

だ。しかし、そうした時期の痛み、苦しさというものは大人になってから振り返ってみれば甘美な郷愁

を呼び起こす。死ぬほど苦しみ、悩んだ時期だったとしても過ぎ去ってしまえば懐かしい思い出として

心に刻まれるのだ。

本書「濡れた心」は第4回江戸川乱歩賞受賞作である。ミステリとしては中くらいの出来だとおもうの

だが、青春物として永遠に記憶に残る作品となりえている。

女子高生の同性愛という当時としてはかなり思い切ったテーマを扱っているのだが、本書で描かれる彼

女たちの青春の日々は誰が読んでも共感をおぼえる苦悩に彩られた日々なのである。

本書は、すべて日記、手記、メモなどの記録された文章によって構成されている。本来日記というもの

は、プライベートな心情を吐露する場である。人に読ませるために書くものではない。

それを読むのだから、それだけでも読者にとってはかなりおもしろい。まして、そこに描かれる世界は

思春期の多感な女の子の彩り豊かな世界なのである。

本書を読んだのはもうずいぶん前なのだが、その鮮烈な印象は少しも薄れていない。

大傑作だとは思わないが、忘れることのできない佳品だと思う。