あの時代の日本。世界に楯突いてどうにも引き下がれなくなってしまった日本。
愛国の名のもとに神を信じ無敵を信じ戦場に散っていった多くの命。
戦争が人類最大の愚劣きわまりない行為だとしたら、そこで亡くなっていった尊い命はいったいなんだ
ったのか。
人間魚雷「回天」は、戦況悪化を打破するため海軍が極秘で開発した特攻兵器である。
しかし、この搭乗者もろとも吹っ飛んでしまう人間魚雷は開発から実用までの期間もないため、訓練事
故で命を落としたり発射間際になって不具合がでたりと問題も多かった。
そうまでして勝たなくてはいけない戦争とは、いったいなんなのか。
特攻というあまりにも無残で無謀な作戦に参加しなくてはいけなかった人たちは、ほんとうに喜んでお
国のために散っていったのだろうか。
本書の主人公である並木浩二は甲子園で大活躍した豪腕投手だったが、肘の故障のため大学野球では活
躍できずに日々リハビリと練習に明け暮れていた。時は1941年、日本海軍が真珠湾に奇襲攻撃をし
かけ多大な戦果を上げた年でもあった。
しかし日本の快進撃はその半年後には逆転してしまう。戦局は悪化の一途を辿り、やがて「国民総戦闘
配置」の方針のもと学徒出陣が閣議決定されることになる。
並木は海軍に仕官し、血を吐くような過酷な訓練に耐え志願して「回天」の搭乗者となる。
郷里に家族や愛する人がいて、野球をする仲間がいて、なのに死の突撃を決意した並木。
死への恐怖はある。死にたくないのに自殺するようなものなのだ。息苦しいほど狭い操縦席、発動桿を
倒せば死への秒読みがはじまる。視界はない。ただ一度だけ標的を見定めるために潜望鏡を覗けば後は
突進するのみ。いつ命中するかもわからない。真っ暗な闇の中で轟音と振動に包まれながら、いつくる
かわからない死の瞬間を待つ。そんな残酷な死に方ってあるだろうか。
野球を愛する仲間たち、郷里にいる家族と恋人、馴染みの喫茶店のマスター、海軍でできた仲間。彼ら
の並木に対する思いが残酷な死の決意の前にあざやかに照らしだされる。
しかし、理不尽な戦争の犠牲を描いているにも関わらず本書の読後感は重くない。むしろ、大泣きした
あとのように清々しい気分にさえなる。暗澹たる史実と青春のさわやかさを対比させ、苦悩しながらも
逃げることなく正々堂々と立向っていった一人の男を描くことによって、成しえる読後感だと思う。
読んでよかった。ゆきあやさん、いい本紹介して頂いてどうもありがとう。