読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

舞城王太郎「獣の樹」

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またまた獅見朋成雄の世界なのである。だが、いつものごとくいままでの獅見朋成雄世界とのストーリー

的なリンクはない。いくつかのキーワードが合致するのみなのである。「SPEEDBOY!」 で描か

れた音速を超える俊足が本書でも縦横無尽に駆けめぐり、爽快でエネルギッシュに物語を盛りたててい

る。主人公の成雄は、ある日馬から産み落とされる。生まれたときから十四歳。身長一三八センチ、体重

三十三キロ。福井県西暁町の河原正彦邸の裏庭でのことである。どうして彼が馬の腹から出てきたのかは

わからない。とにかくそうなったのである。

で、そこから物語は始まってゆく。生まれた時から十四歳の成雄は、様々なことを吸収して人間としての

秩序とモラルを懸命に身につけ十四年分の精神的な成長を遂げる。やがて浮上してくる不穏な空気。殺人

が起こり、巨大な蛇の口の中に乗り自在に操る少女 楡があらわれ物語は大きく膨らんでゆく。成雄の生

い立ちに関する不可思議な謎。そしてそれをめぐる密かな陰謀。福井で生まれた物語はやがて世界をも揺

るがす前代未聞のテロルへと発展してゆく。

というわけで、相も変わらずなんでもありの世界なのだ。だが、その破天荒な物語にはいつものごとくま

っすぐでこそばゆいぐらいの正当なメッセージが流れている。今回はアイデンティティーの問題だ。自己

の確立というなんとも難解な問題を様々な角度からアプローチして、肯定と否定を繰り返し何度も咀嚼し

て俎上にあげている。そして、その根底に流れているのはやはり「愛こそすべて」なのである。

本書で成雄はトレードマークだった馬のようなタテガミを脱ぎ去った。さて、今度登場する成雄はいった

いどんな成長を遂げているのだろうか。楽しみなところである。