悪路を走行するのは得意じゃない。まして、それが猛吹雪の中だなんてまるで悪夢みたいなシチュエーシ
ョンだ。フロントガラスに叩きつけられる雪はほとんど塊で視界をふさいでくるので、ワイパーなどもの
の役にも立たない。このままじゃワイパー自体がいかれてしまうんじゃないかという懼れが身内を駆けぬ
ける。どうしてぼくはこんな吹雪の中、人里離れた山中の悪路を走行しているんだろう?いくらおもいだ
そうとしてもわからない。とにかく今は、この難所を切り抜けるのが先決だ。
幸いこの車はスタッドレスタイヤだ。慎重にハンドルを捌けば乗りこえられるかもしれない。
しかしこの必要以上に力の入った両腕と、緊張からくる神経の昂りは危険だ。ともするとハンドル操作を
間違えそうになる。道は激しく蛇行し、アップダウンを繰り返し少しでも気を抜くと奈落の底に落ちてし
まいそうになる。油断は禁物だ。本当にぼくはここで死んでしまうかもしれない。
吹雪はさらに激しさを増し、ワイパーも追いつかなくなってきた。このままでは視界が確保できなくなる
だろう。そうすれば、走行できなくなってしまう。燃料計を見ると、残量は三分の一。微妙な量だ。ここ
で車をとめて一夜をあかしたとしても、いったい誰がこんな山中でぼくを見つけてくれる?
燃料がなくなるまでの間に誰かに助けてもらう確率は限りなくゼロに近いのではないか?
そこまで考えると、本当に死が見えてきた。ぼくはここで死ぬのだ。誰にも知られないまま、ここで死ん
で朽ちていくのだ。どうして、こんなことになってしまったのだろう?気がつくと、歯がガチガチ鳴って
いた。寒さではない、恐怖でだ。死の恐怖が眼前に迫り、身体が正直な反応をしているのだ。
ためらいは、真実の道をくもらせる。正しいことをしていても、恐れを抱いてためらうことによって真実
から遠ざかってしまうことになるのだ。いままさに、ぼくがその状況におかれている。自身の引き起こす
恐怖によってさらに悪いほうへ運命を傾けてしまうのだ。
もうだめだ。視界が確保できない。これでは目をつぶって運転しているのと同じではないか。
腹を括ることにした。もうこれ以上前へは進めない。ここで一夜を明かそう。燃料がもつかどうかはわか
らない。諦観がぼくを支配する。ゆるやかな呼吸が気持ちを反映している。恐怖はない。
もう、まわりの景色も見えない。ただただ雪があるだけだ。やがて音が消え、光が消え、無が広がった。