こういう短編集って、第三集目ともなると正直飽きてしまうものなのだが、本書に限ってはまったくそんな気配もない。むしろどんどんおもしろくなってくる。まさに驚異のシリーズだ。
本書に収録されている作品は以下のとおり。
第一話「湯治宿」
走る俊輔
第二話「悪い芽」
家老舞う
第三話「腹切り同心」
帰宅
第四話「憑かれた男」
違和感
第五話「うどん」
本書を読んで印象深かったのは、先を読めない展開の作品が多かったということ。「湯治宿」にしろ「悪い芽」にしろ強烈な裏切りにあったような衝撃だった。まさかそんな展開になるとは。こういうふっきりの良さが作品を引き立てているのは間違いない。「憑かれた男」と「うどん」もいったいこの物語はどこに行き着くのだろうと思ってしまった。こういう予測不能という事態は、そうそうお目にかかれないのでとても新鮮だった。こういう話はもっともっと読んでみたい。
怪異譚という不条理なものを扱う場合、そこに描かれる現象が常人の理解の範囲を超えるものになるのは必須なのだが、菊池秀行はそれを無理なく自然に物語に溶け込ませてみせる。バランス感覚に優れているというか、呼吸が絶妙なのである。特に感心したのが「悪い芽」。ここには表立った怪異は登場しない。
ここで描かれるのは『邪まな存在』だ。大きな力としての悪が描かれる。ある意味壮大な話だ。そこに武士としての宿命が絡んできて凄惨な結末をむかえる。こういう話を大真面目に語って破綻しないところが菊池秀行のすごいところである。感服した。
表題作である「腹切り同心」は本書の中で唯一、ユーモラスな作品。腹に刀を刺したままの男に家に居座わられてしまった悲喜劇が描かれる。この腹切り同心が幽霊じゃないところがおもしろい。腹に刀を刺したまま死んでいるのに、動いているという不可思議さが秀逸だ。
というわけで、このシリーズまだまだ快調である。次の巻で終わってしまうのがとても惜しい。もっともっと読み続けていきたいシリーズだ。