読書の愉楽

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馳星周「美ら海、血の海」

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 終戦間際の沖縄での戦いは日米最大の陸上戦となった。ここで描かれるのはその戦火の中を鉄血勤皇隊として従軍した一人の少年の地獄行だ。彼は、その戦争を奇跡的に生き延び現在は宮城県に住んでいたのだが、あの東日本大震災に直面し、60年前の沖縄での体験を思い出す。

 

 鉄血勤皇隊とは、沖縄戦に半強制的に従軍させられた少年たちによる学徒隊のことだ。14歳から17歳というまだ子どもの彼らは、軍事訓練において徹底的に勤皇思想を植えつけられ、敵は血も涙もない鬼畜米英とし、捕虜となって辱められるいくらいなら自決して日本人としての誇りを守れと教えられる。しかし、敗戦の色濃くなった末期には軍の命令系統も錯綜し、分隊単位で動いている兵隊たち自身も迫る敵を前にしてその行動は混迷を極めそこに従軍する勤皇隊の少年たちも同様にふりまわされることになる。

 

 兵隊とて人間、自らの命を惜しいと思う気持ちは彼らを鬼畜の行動に駆らせる。民間人を壕から追い出し、その食料を奪い、抵抗があれば容赦なく殺してしまう。そんな姿を見た少年は、思想と現実の間で苦悩する。何が正しくて何が間違っているのか?戦争という現実がねじ曲げてしまった人間という生き物の生き様に恐れをいだきながらも、彼自身も生きのびるために同胞から食料を奪ってしまう。

 

 敵の存在という脅威の中で、いつ殺されるかわからないその状況の中で、仲間であるはずの日本人同士が果てない飢餓というもう一つの敵のために殺し合うのである。これが地獄でなくてなんであろう。

 

 そこら中に転がって腐敗してゆく死体。そのほとんどが老人や女性や子どもだ。散らばる腕や足。沖縄の地形が変わってしまうほどの集中砲火の中、みんなどんどん南の方へ追いつめられてゆく。鬼畜米英に捕まれば、男は殺され女は辱めをうけてから殺される。そう信じこまされてきた人々は、追いつめられ逃げ場がなくなると自らの命を絶ってゆく。日本が降伏した8月15日以降も、それを信じられない人々はアメリカ軍の呼びかけにもこたえず、先の教えをおそれて死んでいったのである。支給されていた手榴弾での自爆、家族では、父親が妻や子を殺してから自決するといった悲劇がうまれた。

 

 やはり戦争は狂気以外のなにものでもない。殺しあうという世界が正しいわけがない。戦争の事実を知るたびにそのことを思い知る。

 

 本書はそういった沖縄での戦争の事実を伝えるといった意味ではとても参考になる本だ。しかし、ここで語られる出来事は少年の目をとおして描かれているので、側面的なものでしかない。だからこれをもって沖縄戦を総合的にみたわけではないことをわかっていなければいけない。物事は見る角度によって様々な色合いを見せるものだ。

 

 最後に一言だけ。本書はまるでト書きのみですすめられてゆくような印象だった。あまり説明文がなくセリフと状況のうつりかわりのみで場面がかわってゆき、読みやすさという点ではとてもリーダビリティがあったが、読了してみればあまり心に残るものがなかった。しかし、沖縄の悲劇は十分に理解した。

 

 こんなことは決してくり返してはいけないのだ。