キングの最新刊は、中編集「Full Dark,No Stars」に収録の四編から二編を収録したお手頃サイズ。キングの中編集といえば、まず思いつくのが『恐怖の四季』だ。ここに収録されていた「ゴールデン・ボーイ」を読んだ時は、正直ブッ飛んだ。一般的には併録の「刑務所のリタ・ヘイワース」が映画共々有名なのかもしれないがぼくはこの少年の狂気とナチの戦犯を絡めて描いた緊張感漂う作品が大好きだ。
もう一作、これも中編といっていいと思うのだけど興奮して読みきったのが「霧」だ。あの節操のなさと思いっきりの良さは衝撃的だった。こちらはキング特有のディティールの書き込みが際立つ一作で、あらすじを書けば、バカな小学生の夢かと言われてもしょうがないお粗末さなのに、まさに一級品の読み物となっているところが素晴らしかった。
で、本書なのだがここには日本の純文学作家なら充分長編で通用する長さの「1922」と短編サイズの「公正な取引」が収録されている。
「1922」は、ある男の告白体でストーリーが進められてゆく。タイトルの数字は年代のことだ。男は1922年に息子と共に妻を殺し、その死体を古井戸に遺棄したというのだ。驚くべきこの罪の告白に続いて語られるのは、男と息子を呑みこんでゆく転落の人生。
しかし、ぼくは面白く読了したにもかかわらず、この作品には満足しなかった。まず、この中編集にはテーマがあって、それは絶望、闇に代表されるダークで救いのない物語だということなのだが、「1922」を読了してその救いのなさが感じられたかといえば、それがなかったのである。直近でぼくが一番打ちのめされた救いのない厭な話はケッチャムの中編集に収録されていた「ヒッチハイク」だ。正直これを読んでいる間は嗚咽をもらさないようにするのに最大限の努力をはらった。長編でこれと似た気持ちを味わったのがウィンズロウの「犬の力」。
だが「1922」からはそういう絶望的な奈落の底に落とされるような無慈悲な印象は受けなかった。途中で非現実な要素が混じってきたので、少し肩透かしを感じたのだ。これじゃジョン・ランディスの「狼男アメリカン」と同じじゃん。
「公正な取引」は、昔ながらの『悪魔との契約』のお話。悪魔と契約したものは、願いが叶えられると同時にリスクを背負う運命にあるのがこの手の話の定番なのだが、本作ではそれが違ったテイストで描かれている。読んでいて面白いと思ったのが、長い年月に渡って進められてゆくストーリーにその時代の世相を刻んで描写しているところ。どういうことかわからない方は読んで確かめてもらいたい。書き方の問題なのだが、これは面白い試みだ。
というわけでキングの第三中編集の前半二作の感想はこれにて。ぼくとしては次に刊行される予定の後半二編が収録されている「ビッグ・ドライバー」を鶴首して待ちたい。内容見てると、こちらのほうが情け容赦のない話みたいなんだよね。