内村 鑑三の「余は如何にして基督信徒となりし乎」とはまったく関係ない。同じタイトルだとしてもね。まったく人をくった話なのだ、この表題作は。魅力的な尻に惹かれてつけていった女は中学の時の同級生服部ヒロシの姉だった。彼女に誘われるままに不気味な家までついてゆき、弟はもうすぐ帰ってくると告げられた主人公は、そこで待つことにする。しかし、服部ヒロシはいっこうに帰ってこず、ずるずると居続けることになり・・・・。
いわゆる民話でいうところの『隠れ里』的な話であり、主人公は服部ヒロシの家という異空間にとらわれてしまう。これは第12回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した作品なのだが、ぼくとしてはこれはイマイチだった。面白くないわけではないが、さほど目新しさを感じなかった。
本書には他に三編収録されている。タイトルは以下のとおり。
「浅水瀬」
「克美さんがいる」
「あせごのまん」
表題作がイマイチだったのにたいして、この三編は素晴らしかった。「浅水瀬」は、大学生の主人公がバイクの事故に遭い、身動きできない状態で意識を取り戻す。そこは事故現場の崖の下で、一人の男がいて救助の人間を待っているところだという。やがて男は山でであった怪異の話をしだす。
この話もそうだし、次の「克美さんがいる」もラストまで読んで、ああそうかと納得し、もう一度読み返すとまた楽しめるという類の作品だ。どちらも途中で仕掛けは見えてくるのだが、それでも失望感はない。むしろよく出来た話に接した時の高揚を感じた。
最後の「あせごのまん」は、驚くことに作者名と同じタイトルなのだが、これは高知弁で描かれる昔話である。昔話といっても時代設定は現代に近いのだが、高知弁の語りの雰囲気でもって立派な昔話となっている。これもよく出来た話で、いったいどこにもっていかれるのか、とんと見当がつかなかった。
というわけでこの作家、なかなかの書き手だとおもうのだが、残念なことに本書の他にはあと一冊しか短編集を出していないようだ。もう書くことはないのだろうか。とりあえずもう一冊の短編集を読むことにしよう。