読書の愉楽

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アーナルデュル・インドリダソン「湿地」

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 アイスランド発の警察小説なのである。無論、ぼくもこの地で生まれた小説を読むのは初めてだ。ま、大抵の人がそうなんじゃないの?アイスランドに一番近い国で読んだことのある小説はスウェーデン発のミカエル・ニエミ「世界の果てのビートルズ」。これは最高にイカした小説で、未読の方がおられたら是非読むことをオススメする。おもしろうてやがてかなしき青春の日々を充分堪能できることだろう。

 

 余計な話はこれぐらいにして、本書「湿地」なのである。異様に臭いアパートの一室で老人の撲殺死体が発見される。ゆきずりの強盗の仕業かと思われたが、死体の上には三語からなるメッセージが残されていた。これに疑問を抱いた捜査官エーレンデュルは、殺された老人の身辺を探ってゆく。次第に明らかになる老人の過去。そしてそこから浮かびあがってくる悲惨な事実。

 

 警察小説としての結構は美しく、謎が解明されてゆく過程は大いにページを繰らせる。常套以上のものではないが、安定していて至極読みやすい。章が短いのもはやく読める要素の一つで、章分けの必要がないような箇所でも細かく区切られていて場面の繋ぎがスムーズ且つスピーディに処理されてゆく。

 

 扱われている事件も政治や大きな組織が絡んでいるような大掛かりなものではなく、個人レベルのとっつきやすいもので、それが余計な整理を必要としない分ストーリーへいたって自然に入ってゆけるのである。アイスランドが舞台ゆえの難点といえば、登場人物や地名への馴染みのなさからくる反発ぐらいだろうか。

 

 しかし、ぼくは本書の真相に少し不満だったのである。『衝撃の犯人』『肺腑をえぐる真相』との文句に煽られて期待値をあげすぎたのかもしれないが、とにかく本書の真相にはあまり衝撃を受けなかった。犯人の末路も一昔前のミステリの常套で、そのあっぱれな扱いに逆に衝撃を受けたくらいだった。本書がシリーズの三作目だという負い目もあるのかもしれず、主人公を取り巻く世界に途中編入したような違和感も手伝ったのかもしれない。とにかく読後感としてはさほど印象にも残らないミステリに思えたのである。
 だがこのシリーズ、もう少し付き合っていきたいと思ったのも事実。続けて翻訳されるのならば、是非読み続けていきたい。主人公を取り巻く世界がどのように変容してゆくのか、アイスランドで他にいったいどんな事件が起こるのか、もっと知りたい。そう思わせる違った意味での期待が高まった。